『バーダー・マインホフ 理想の果てに』

上原輝樹
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『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008/若松孝二)、『ミュンヘン』(2005/スティーブン・スピルバーグ)、『夜よ、こんにちは』(2003/マルコ・ベロッキオ)といった"あの時代"のテロリズムを扱った映画が、21世紀に入るやいなや、いずれも巨匠と呼ぶべきキャリアを持つ映画作家たちの手によって何作も作られたのは、映画が時代を写す鏡である以上、当然のことかもしれない。『バーダー・マインホフ 理想の果てに』もその流れに位置する、70年代ヨーロッパ全土を震撼させたドイツ赤軍<バーダー・マインホフ>グループの武装闘争を描いた実録映画だ。暴力の嵐が吹き荒れた一時代を総括する重要な証言の数々に基づいて再現された映像の断片が、複雑さを放棄しないモンタージュで語られたという事が何事も小さくまとめたがる現代の潮流に逆らって、桁外れな試みに感じられる。

映画は、1967年西ドイツ、反米デモ活動中に、学生が警官に射殺されるというショッキングな事件で幕を開ける。国家権力による暴力的弾圧に衝撃を受けた女性ジャーナリストのマインホフは、同時期に、ベトナム戦争に抗議して、デパートに放火し逮捕されたバーダーとエンスリンというカップルの身をもって正義を追求する行動に心を打たれる。マインホフは、ジャーナリズムで社会を変革することに限界を感じ、バーダーの脱走を手助けし、これまで築き上げた中産階級の安定した家庭生活までも投げ打って、バーダー、エンスリンと共に<バーダー・マインホフ>グループ、後のドイツ赤軍(RAF)を立ち上げ、「帝国主義的支配システムに対する武装闘争」を表明する。

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ウリ・エデル監督は、ニュース映像やドキュメンタリー、報道写真などに基づいてリアリズム描写に徹した映像を矢継ぎ早にカットアップし、見るものを臨場感で圧倒する。ドイツ赤軍の武装闘争は、やがて当初の理想から逸脱し、銀行強盗、爆破テロ、誘拐、要人暗殺、ハイジャック、とありとあらゆる犯罪に手を染めていくのだが、こうした一連の"暴力"が、The Whoの「New Generation」など、当時のロックをバックグラウンドに鳴らして描かれるさまは、あまりに単純に格好良く、娯楽映画的なカタルシスすら感じさせる。"テロリスト"という言葉に伴う、何とも抵抗し難い"暴力的な魅力"がこの映画を支配している。監督のウリ・エデルは、盟友ベルント・アイヒンガーと組んだ『クリスチーネ・F』(1981)やヒューバート・セルビーJr.原作の『ブルックリン最終出口』(1989)で知られるドイツの映画作家だが、本人自らが語っている通り、『バーダー・マインホフ』を含むこの3作はいずれも"暴力"という共通のテーマを扱っている。『クリスチーネ・F』では自分が自分自身に加える暴力、『ブルックリン最終出口』では社会的暴力、『バーダー・マインホフ』では政治的暴力がテーマになっている。

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このドイツ赤軍<バーダー・マインホフ>グループの面々をロックミュージシャンさながらのクールネスで演じる、今のドイツを代表する役者陣が素晴らしく、衝撃的な内容と相まってドイツ国内では大ヒットを記録した。2006年の傑作ドイツ映画『素粒子』で競演したモーリッツ・ブライプトロイとマルティナ・ゲデックが、それぞれ、バーダーとマインホフを演じ、クールビューティのヨハンナ・ヴォカレクが無慈悲で論理的なエンスリンを演じている。モーリッツは、スピルバーグの『ミュンヘン』でもバーダー役を演じているが、モーリッツ、マルティナともに本作とは味わいが違う映画『素粒子』では、より深みと慎みがある悲しい役どころを演じており、こちらの映画も必見。また、『コッポラの胡蝶の夢』『セントアンナの奇跡』(スパイク・リー)で輝きを放ったアレクサンドラ・マリア・ララが、美人テロリストを、『ヒトラー 最期の12日間』が記憶に新しいブルーノ・ガンツが、警察所長の役柄を演じており、それぞれが映画のスケール感に貢献している。

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"テロリスト"ではなく、"革命家"の映画『チェ 二部作』(2009/スティーブン・ソダーバーグ)は、じりじりと敗退していくチェ・ゲバラの山中の消耗戦をリアルに描き観るものを消耗させるが、映画を見終わった後には、観客にいわく言い難い未来への"希望"を感じさせるのと対照的に、『バーダー・マインホフ〜』は、観る間、観客を退屈させることなく怪力で捕まえたまま離さないが、見終わった後に"希望"は感じさせない。それは『バーダー・マインホフ〜』が観客に与えるのは、"暴力"という"刺激"であり、"刺激"は、与え続けられる間だけ有効な麻薬のようなものだからだろう。言うまでもなく、この"刺激"を最も上手く提供してきたのがアメリカ映画に他ならず、アメリカで20年間TV映画のキャリアを積んだウリ・エデルの面目躍如といったところか。しかし、ウリ・エデルは、"刺激"だけではなく、最後に"苦い薬"も観客に提供してくれている。

チェ・ゲバラは、死んで"殉教者"となり未来に向けて"希望"を与え続けているが故に"革命家"と呼ばれ、バーダーは、カリスマ的な魅力で若者を熱狂させたが、"あの時代"を駆け抜けただけで未来への"希望"を残せなかった。『バーダー・マインホフ〜』という映画の価値は、その点を容赦なく炙り出しているところにある。


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『バーダー・マインホフ 理想の果てに』
原題:DER BAADER MEINHOF KOMPLEX

7月25日(土)、シネマライズ他 全国順次ロードショー

監督/脚本:ウリ・エデル
製作/脚本:ベルント・アイヒンガー
製作総指揮:マルティン・モスコヴィッツ
原作:シュテファン・アウスト
撮影:ライナー・クラウスマン
美術:ベルント・レペル
衣装:ビルギット・ミザル
編集:アレクサンダー・バーナー
音楽:ペーター・ヒンデルトゥール、フローリアン・テスロフ
出演:マルティナ・ゲデック、モーリッツ・ブライブトロイ、ヨハンナ・ヴォカレク、ナディヤ・ウール、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、スタイプ・エルツェッグ、ニルス・ブルーノ・シュミット、ヴィツェンツ・キーファー、ジモン・リヒト、アレクサンドラ・マリア・ララ、ハンナー・ヘルツシュプルング、ゼバスティアン・ブロンベルク、トム・シリング、ダニエル・ロマッキ、ハイノ・フェルヒ、ブルーノ・ガンツ

2008年/ドイツ・フランス・チェコ合作/カラー/ヴィスタ/SRD/2時間30分
配給:ムービーアイ・エンタテイメント

写真:© 2008 CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH NOUVELLES EDITIONS DE FILMS S.A. G.T. FILM PRODUCTION S.R.O

『バーダー・マインホフ 理想の果てに』
オフィシャルサイト
http://www.baader-meinhof.jp/


ウリ・エデル監督インタヴュー
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