『ローマでアモーレ』

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形式を緩やかに融解させ、
自然な素振りでイタリア映画への愛を漲らせるアレンの艶やかな新作
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

ウディ・アレンらしい、人生のペーソスが詰まった『ローマでアモーレ』は、イタリア映画の伝統のひとつ、艶笑喜劇へのリスペクトが存分に感じられる愛すべき作品だ。

『ボッカチオ '70』(62)や『昨日・今日・明日』(63)、『セッソ・マット』(73)、近年では『イタリア的、恋愛マニュアル』(05)を始めとする"恋愛マニュアルシリーズ"といった、イタリア映画が得意とする"オムニバス映画"の始まりを告げるかのように、陽気な交通整理人が、ローマ市内へと"観光客"である私たち観客を迎え入れてくれる。

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"観光客"は観客だけではなく、飛行機で娘ヘイリー(アリソン・ピル)の婚約者と両親に合うために、妻フィリス(ジュディ・デイヴィス)とともにローマにやってくる、ウディ・アレン演ずる引退したオペラ演出家ジェリーもそのようなものだ。誰もが知るウディの"飛行機嫌い"を逆手にとって、ジュディ・デイヴィスに"恐怖症"を演じさせる冒頭から、アレン節は快調に滑り出す。

アーロン・ソーキン脚本のTVドラマ「ニュースルーム」の人工的な照明の下では今ひとつパッとしないが、ローマの豊かな自然光の下でその魅力が開花しているアリソン・ピルが演じる娘ヘイリーがカンピドリオ広場で出会ったイケメン弁護士ミケランジェロ(フラヴィオ・パレンティ)は、資本による搾取を糾弾するマルキスト的堅物の青年で、どっぷり業界に浸かっていた過去が伺える父親が対面しなければならない相手としては、危機的な状況だ。その設定を聞くだけでも、ウディの狼狽芸が目に浮かぶというもの。今作でも、自己を客体化して外堀を埋める、ウディの脚本、人物造形術は冴え渡っている。

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一方、オムニバス映画スタイルのプロローグが予告したように、ローマを訪れるまた別のカップルがスクリーンに登場する。田舎育ちの素朴な新婚カップル、アントニオ(アレッサンドロ・ティベリ)とミリー(アレッサンドラ・マストロナル)は新生活を始めるべく意気揚々と大都市ローマを訪れるが、都会ならではの艶やかな洗礼が若い二人を待ち受けている。コールガールとして登場する深紅のワンピースに身を包んだペネロペ・クルスは、年とともに豊満さを増し、今やその存在感は往年のソフィア・ローレンに匹敵するのではないかと思わせるほど。

ローマで道を聞くと、誰もが親切に教えてくれるが、決して行きたい所には辿り着けない、そんなトホホなローマ式道案内のエピソードすら、イタリアへの旅情を掻き立てる。リッカルド・スカマルチョとアントニオ・アルバネーゼ(※)を、純朴なミリーを誘惑する伊達男として登場させるところも、今のイタリア映画への目配せが効いている。

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そして、イタリア映画界への目配せという意味では、これ以上のキャスティングはない、ロベルト・ベニーニが演じるごく普通の中年男レオポルドがある日突然有名人になりパパラッチに追いかけられるフェリーニ的ナンセンス譚、さらには、著名な建築家ジョン(アレック・ボールドウィン)が30年前に住んでいたトラステヴァレ地区で、若かりし日の自分を彷彿させる建築家志望の若者ジャック(ジェシー・アイゼンバーグ)と出会う、"現在"と"現在と同列に置かれた過去"を往来する一種のタイムスリップ譚と、様々な語りの形式を自在に融解させて、極めて自然なルックな下で、次から次へと豪華なキャスティングを繰り出す、アレンの映画術は実にしたたかだ。

アレック・ボールドウィン演じるジョンが、キャメラの方に向かって歩いてくる、その瞬間のボールドウィンの魂の抜けたような表情が素晴らしい。このショット以降、ジョンの魂は、30年前を彷徨い始め、過去の自分に人生のアドバイスを与え続けるのだ。今更言うまでもなく、こうした時間を往来するタイプスリップ譚は、アレンが得意するところで、つい最近の『ミッドナイト・イン・パリ』(11)が最も顕著だが、あちらとこちらの境界線を往来するナラティブという意味では、『スコルピオンの恋まじない』(01)や『アリス』(90)のトリップ譚、『カイロの紫のバラ』(85)のドア化する銀幕スクリーン、『カメレオンマン』(83)のアーカイブ映像への闖入といった、アレンが行った数々の映画的実験が想起される。それにしても、今回の演出ほど、何の装置の力も借りずに、ただ映画の原理のみを利用して、さりげなく、そして大胆に行われたタイムスリップ的表現も珍しいのではないかと思う。

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建築家志望の若者ジャックは、恋人のサリー(グレタ・ガーウィグ)と仲睦まじく暮らしているが、そこへサリーの親友の売れない女優モニカ(エレン・ペイジ)が転がり込んでくる。順風満帆に見えた二人の生活を混乱に陥れるモニカの危うさに、人生の先輩ジョンは再三に渡って警告を与えるのだが、、。文字通り、"嵐を呼ぶ女"モニカを演じるエレン・ペイジも良いが、サリーを演じるグレタ・ガーウィグにも注目しておきたい。

日本では劇場未公開の『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』(10)で、数々のインディペンデント映画女優賞に輝き、監督、脚本家としても活動している"米インディー映画の女王"グレタ・ガーウィグは、アメリカの映画運動"マンブルコア"に参加していることでも知られているが、これからは、トロント国際映画祭などで賞賛されたノア・バームバック監督の新作『Frances Ha』(12)の脚本、主演女優として世界の映画ファンに記憶されることになるはずだ。ちなみに、"マンブルコア"とは、低予算でアマチュア俳優を起用、劇中の会話があくまで自然であることに重きを置いたニューヨークに発した映画運動で、"ベッドヘッド・シネマ"や"スラッカヴェテス"(リンクレイター『Slacker』(90)とカサヴェテスの合体)といった言葉で語られることもあるという。

※『Frances Ha』は、日本での公開が大いに期待される一作
http://www.franceshamovie.com

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映画は、ペネロペ・クルスが色香を炸裂させ、"名声"に惑わせられるロベルト・ベニーニがローマ市内を疾走し、ジェシー・アイゼンバーグがエレン・ペイジの誘惑に溺れてゆくなか、娘の父親ジャンカルロ(ファビオ・アルミリアート)のシャワールームから放たれる美声を発見した引退したオペラ演出家のウディが自らの再起を画策、周囲の迷惑をも顧みず、オペラ(『道化師』!)への"愛"を撒き散らし、スラプスティックな爆笑シーンをも交えた多幸感に満ちた時間が流れてゆく。そんな中でも、ローマを訪れた多くの観光客が滞在する内に感じるに違いない"ローマ疲れ"の感覚を、"オジマンディアス 鬱病"というセリフに託して、サラリと忍び込ませることを忘れない、ウディ・アレンにはどこまでもニューヨークの都会的洗練が染み込んでいる。


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『ローマでアモーレ』
原題:To Rome with Love

6月8日(土)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほか、全国ロードショー
 
監督・脚本:ウディ・アレン
製作:レッティ・アロンソン、スティーヴン・テネンバウム、ジャンパオロ・レッタ、ファルック・アラタン
撮影:ダリウス・コンジ
プロダクションデザイン:アン・シーベル
衣装デザイン:ソニア・グランデ
編集:アリサ・レプセルター
出演:ウディ・アレン、アレック・ボールドウィン、ロベルト・ベニーニ、ペネロペ・クルス、ジョディ・デイヴィス、ジェシー・アイゼンバーグ、グレタ・ガーウィグ、エレン・ペイジ、アントニオ・アルバネーゼ、ファビオ・アルミリアート、アレッサンドラ・マストロナルディ、オルネラ・ムーティ、フラヴィオ・パレンティ、アリソン・ピル、リッカルド・スカマルチョ、アレッサンドロ・ティベリ

© GRAVIER PRODUCTIONS,INC.photo by Philippe Antonello

2012年/アメリカ、イタリア、スペイン/111分/アメリカン・ビスタ/ドルビー・デジタル
配給:ロングライド

『ローマでアモーレ』
オフィシャルサイト
http://romadeamore.jp/


























































































※アントニオ・アルバネーゼは、主演作『ハートの問題』(09)がイタリア映画祭傑作選「Viva! イタリア」のひとつとして、『最後のキス』(10)、『もうひとつの世界』(98)と共に近日ロードショー公開される。
公式サイト:http://www.vivaitaly-cinema.com
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