『シークレット』

浅井 学
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冒頭からいかにも"あのひと"は怪しい。さあ、どう決着をつけるのか。"誰が犯人か?"の謎解きではなく、"なぜそうしたのか?"という人間の心の深部に迫り、見てはいけない、知ってはならない"あの真実"にたどり着く。『セブンデイズ(2007年)』の脚本として知られるユン・ジュグ監督が紡きだした渾身のデビュー作だ。

撮影は傑作『チェイサー』でそのダークな世界観を見事に表現したイ・ソンジュ。その濃度の高い色調で、物語の背後にひろがる得体の知れない空気をつくりあげ、単に犯人探しの謎解きではない物語の"深み"を描き出す事に成功している。主人公の刑事を、長身でスタイリッシュな雰囲気を持つチャ・スンウォン、その妻を『セブンデイズ』では途中降板し、訴訟トラブルにまで発展したソン・ユナ が熱演した。実は、『セブンデイズ』も本来は今作のユン・ジュグ監督で『木曜日の子供』として撮影していたのだが、ソン・ユナ降板に伴い制作会社はスタッフを仕切り直し。結局ウォン・シニョン監督とキム・ユンジン主演で撮り直され、結果的にそれが大ヒットにつながった。降板組のユン・ジュグ監督とソン・ユナがタッグを組んだ今作はそういう意味においても興味深い。リベンジということではないのだろうが、言い知れない思いが作品に込められているのは想像に難くない。ユン・ジュグ監督にとっては、"二度目"のデビュー作品だ。

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暴力組織のナンバー2であるチョ・ドンチョルが刃物で惨殺される事件が発生し、刑事キム・ソンヨル(チャ・スンウォン)は、現場で口紅のついたワイングラス、ボタン、イヤリングを見つけ愕然とする。それらは、すべて妻ジヨン(ソン・ユナ)が殺人現場にいたことを証明するものだ。同僚たちの目を盗み、証拠を全て消してしまうソンヨル。「事務所を訪ねてきた女を見た」と証言する目撃者も口止めして勝手に帰してしまう。イヤリングをなくし、衣服に血痕がついたまま帰宅した妻ジヨンにソンヨルは問いただすが、彼女は「あなたには夫として私に何かを尋ねる資格はない」と質問には答えず拒絶する態度をとる。

妻が犯人なのか?何のために?目の前に散乱する多くの謎にソンヨル刑事は混乱する。やがて、被害者ドンチョルの実の兄で組織のボス、チルソン組の悪辣なボス、チョ・グァンチョル=ジャッカル(リュ・スンニョン)は、独自に犯人探しを進め、ソンヨル刑事が犯人である妻をかばっていると確信し、二人を追いつめていく。

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『セブンデイズ』の脚本でユン・ジュグがその物語の背後に描いたのは、娘を誘拐され猟奇殺人犯を無罪にするように脅迫される女性弁護士と、殺人被害者家族の切なくも鬼気迫る程に昂った"母の情念"であったが、今作で沸々とたぎっているのは"妻の情念"だ。『母なる証明(2009年)』の例を上げるまでもなく、表層的な感情の奥底にある生々しい"情念(特に母親)"を徹底的に描ききることが、世界的評価の高い韓国映画作品が共通に持っている独特の "凄み"を生み出しているように思える。それは、見る側の感情を時に暴力的なまでに揺さぶり、否応なく映画の世界観に巻き込むことで物語を"体験"させる。映画を見終わった後のしびれるようにつづく倦怠感が、クセになるのだ。

「殺していないと言ってくれ!」と真実を語ること迫るソンヨルに「聞きたい?あなたの人生が変わってしまうかも」と意味深長な言葉で答える妻ジヨン。暴力組織の追っ手が迫る中、犯人を知っていると脅迫する謎の男も登場。謎が謎を呼び、状況が激しく錯綜し混乱を極めるその果てに、ソンヨル刑事は "あの真実"に辿りつく。エンドロール、ユン・ジュグ監督が用意したサプライズエンディングを堪能しよう。


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『シークレット』
原題:SECRET

8月21日(土)より、シネマスクエアとうきゅう 他 全国公開

監督・脚本:ユン・ジェグ
製作:ユン・ジェギュン
撮影:イ・ソンジェ
出演:チャ・スンウォン、ソン・ユナ、リュ・スンニョン、キム・イングォン、パク・ウォンサン 他

2009年/韓国/110分/カラー/35ミリ
配給:CJ Entertainment Japan

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『シークレット』
オフィシャルサイト
http://www.secret-movie.jp/
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