OUTSIDE IN TOKYO
ANG LEE INTERVIEW

アン・リー『ウッドストックがやってくる!』オフィシャル・インタヴュー

正直言って、今更「ウッドストック」でもないだろう、と思った。その時代をリアルに経験している程の年長者ではない私だが、私にとって1969年といえば、西海岸の”ヒッピー”や”ラブ&ピース”、ジャニス・ジョップリンやジミヘンの「ウッドストック」ではなく、イギー&ザ・ストゥージーズやNYのファクトリー、ヴェルベット・アンダーグラウンドとルー・リードらのもっとヘヴィーでノイジーな東海岸の先鋭的なロックにリアリティを感じていた。しかし、そんなアメリカの西海岸と東海岸のカルチャーの違いなど、21世紀の今では、かなりどうでも良いことになってしまった。そんな違いが有効に思えたのは、やはり9.11のテロ以前のこと。

では、『ウッドストックがやってくる!』の何に興味を持ったのかと言えば、それは、今や、名撮影監督と言って良いだろう、エリック・ゴーティエが撮影監督を努めている映画だからだ。そんな理由で見始めた本作だったが、これがなかなかの佳作だった。まず、どう見ても元フラワー・チルドレンには見えないアン・リー監督の手による本作が「ウッドストック・フェスティヴァル」の音楽を描いた映画であるはずはなかろうということ。「ウッドストック」の音楽映画を見たい方は、マイケル・ウォドレー監督、マーティン・スコセッシ編集のドキュメンタリー映画『ウッドストック』(70)をご覧になるのが良いだろう。

『ウッドストックがやってくる!』は、巨大フェスティヴァルの開催場所選びに難航していたウッドストック主催者を、保守的な田舎町”ベセル”に呼び寄せることに成功してしまった実在の若者エリオットの回想に基づき、時折爆笑すら誘う、オフビートなコメディの風情で観るものを楽しませ、ひとつの不器用な家族の肖像を堅実に浮かび上がらせる。主人公エリオットと不器用な父親との魂の触れ合いには、静かな感動すらを覚えるかもしれない。だが、「ウッドストック」という盛大なお祭り騒ぎが終わった後に、残されたものは?今、この物語を映画化するのであれば、その点をアン・リー監督がどのように描いたかが重要だと思いながら私は本作を見た。

アン・リー監督自身が「ウッドストック」をある程度の距離感を持って描いているところは、本作に対する信頼を高めている。ウッドストックの若き主催者として有名なマイケル・ラング氏を演じている新人ジョナサン・グロフがとても良いのだが、このマイケル・ラング氏が、若くして全て熟知の仙人のように見える。監督の演出意図通りの事なのかどうか定かではないが、今となってはちょっと現実離れした不可思議な人物に見えるところが興味深い。ラストシーンで、馬に乗って画面に突如現れ「次のコンサートはもっと凄いことになる」と予言者めいた台詞を残し、馬を駈けて画面の奥の方へと消えてゆくのだが、その次のコンサートとは、ローリング・ストーンズのライブ演奏を捉えたドキュメンタリー映画『ギミー・シェルター』(70)にもその事件の一部が記録された、ヘルズ・エンジェルスが起こした「オルタモントの悲劇」で知られるフリー・コンサートであったことは有名な話だ。だから、「ウッドストック」が、夢と希望に溢れた”愛と平和の祭典”としてのみ、その記憶が受け継がれていくなどということが、今もこれからもあっていいはずがなく、以降幾つもの悪夢に引きずり込まれていく”アメリカの悪夢の序章”としてあまりにも象徴的なイベントだったことが、コインの表裏のように、これからも記憶されていくことになるだろう。
(上原輝樹)

1. 自由を手にしても、絆を失う。何度も描きたいと思うのはそういう空気なんだ

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──最初にこの原作を知ったのは?
僕がサンフランシスコのテレビ番組に出たときに、原作者のエリオット・タイバーもゲストで出ていて、待ち時間に本を渡されたんだ。それから数日後、映画学校時代からの友人パット・クーポが電話をしてきて、僕がエリオットから本をもらった話をどこかで聞いたらしくて、「絶対に読めと」言ってきたんだ。

──原作のどの部分に惹かれましたか?
正直なところ、著者の家族の物語よりもウッドストックの話の方がインパクトがあった。でもウッドストック自体はとてつもなく壮大で、あまねく捉えることはできないし、ドキュメンタリーの再現をするつもりもなかった。もう古典的な傑作になってしまっているからね。だからそれはないと思った。もし60年代末あるいはウッドストックを描くとしたら、別の場所に碇をおろさなければいけなかった。こうして僕はあの小さなモーテルからの視点に気付いたんだ。そしてウッドストックを自分たちの生活のど真ん中に誘致したことでエリオットや彼の家族が遂げる変化を描くというのが、ウッドストックへのもう一つのアプローチだと思ったんだ。小さいけれど、ウッドストックを感じることができる可能性が見えたよ。こうして家族のドラマを描くことになった。僕はいつも家族のドラマを描いているけど(笑)。それがこの仕事の真髄でもあるわけだから。

──なぜこの本を映画化しようと思ったのでしょうか? この題材を取り上げようと思った理由は? 家族の何に惹かれたのでしょうか?
悲劇的な作品を連続して撮り続けてきたから、コメディを探していたんだ、皮肉じゃないコメディをね。それに自由と素直さと寛容さを兼ね備えた物語、そして絶対に忘れることのできない、そして無くしてはいけない“純粋な精神”を備えた物語を探していたというのもあった。家族の問題というのは、きっと解決できない問題だからだろうね。この作品には一応解決策があるけれど、芸術においては、僕らにできることは現象を提示することだけ。僕はずっと自由を求めて衝突する人間に興味を持っていたんだ。ある関係の中に縛られるのはバカらしいことだとは思うけど、でもそうやって自由を手にしても、悲しいよね。そして絆を失う。何度も描きたいと思うのはそういう空気なんだ。それはきっと人間の手管というか、関係性の中心にあるものなんじゃないかな。

──監督ご自身はウッドストックのことを覚えていらっしゃいますか?
ニュースで見たことは覚えているよ。髪をふわふわに膨らませた男がギターをかき鳴らして、その周囲は人の海。噛みつきそうな勢いで「ウッドストックがこの国で、ここニューヨークで始まりました」って伝えていた。覚えているのはこれぐらい。でも音楽は話題になっていたよ。ベビー・ブーマーたちは世界の歴史を書き換えようとしていた。だからひとりの大人としてそこから逃れることはできなかったんだ。まだその雰囲気はあたりに漂っているし、年月を経てウッドストックは自由、新しい世代、そしてそのほか多くのものを象徴する伝説的なシンボルとなったんだ。

『ウッドストックがやってくる!』
原題:Taking Woodstock

1月15日よりヒューマントラスト渋谷にて公開

監督:アン・リー
脚本:ジェームズ・シェイマス
プロデューサー:ジェームズ・シェイマス、アン・リー、セリア・コスタス
製作:マイケル・ハウスマン
原作:エリオット・タイバー
共同著者:トム・モンテ
撮影監督:エリック・ゴーティエ AFC
プロダクション・デザイナー:デヴィッド・グロップマン
編集:ティム・スクワイアズ A.C.E.
音楽:ダニー・エルフマン
衣装:ジョセフ・G・アウリシ
キャスト:アヴィ・カフマン C.S.A.
出演:ディミトリ・マーティン、ダン・フォグラー、ヘンリー・グッドマン、ジョナサン・グロフ、ユージン・レヴィ、ジェフリー・ディーン・モーガン、イメルダ・スタウントン、ポール・ダノ、ケリ・ガーナー、メイミー・ガマー、エミール・ハーシュ、リーヴ・シュレイバー

2009年/アメリカ/121分/カラー/ドルビーデジタル/ビスタ
配給:フェイス・トゥ・フェイス

© 2009 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

『ウッドストックがやってくる!』
オフィシャルサイト
http://ddp-movie.jp/woodstock/
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