OUTSIDE IN TOKYO
KALTRINA KRASNIQI INTERVIEW

有名な舞台女優のアリス(マリオン・コティヤール)と詩人ルイ(メルヴィル・プポー)は、あることをきっかけに20年間に亘って口もきかない不仲に陥っていり、互いを憎みあう姉弟だが、両親が事故に遭遇したことをきっかけに再会を果たすことを余儀なくされる。今まで幾つもの家族の群像劇で”家族ならではの”複雑な関係性や感情のあり方を示し、赤裸々なまで人間の複雑性を肯定してきたフランスの名匠アルノー・デプレシャンが、新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』では、憎み合う姉と弟の複雑に拗れた関係性に焦点を絞り、映画ならではの、行き詰まった人生の”突破口”の開き方を私たちに見せてくれている。

アルノー・デプレシャン監督作品の劇場公開は2015年の『あの頃エッフェル塔の下で』以来8年ぶりのことだが、2023年9月、ユニ・フランスの助成を得たことで、監督の来日が6年ぶりに実現した。この監督来日に併せて、東京日仏学院でほぼ全作品が上映されるレトロスペクティブ「第5回映画批評月間 ~フランス映画の現在をめぐって~スペシャルエディション アルノー・デプレシャン」が開催され、ぴあフィルムフェスティバルでも監督が登壇する特別上映が行われた。デプレシャン監督は東京を離れ、名古屋、大阪、京都の劇場でも舞台挨拶とQ&Aセッションにも登壇している。

東京日仏学院の特集上映に登壇したデプレシャン監督は、「私は毎回、新しい作品が完成すると、さあ、今までとは違う新しいことに挑戦した、新しい映画が完成した!という気分でいます。しかし、映画を見た人たちからは、素晴らしい!今回もまたデプレシャン監督らしい映画が出来上がりましたね、と言われてしまい、ガッカリします。それでまた新作を作らなければ…と奮起するわけです」と語ったが、今作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』はまさに、”新しいことに挑戦”し、新境地に到達した作品だ。ここに、監督が発した名言「映画は人生を修復する」の真意にも触れた、来日記者会見の模様を掲載する。スクリーンでご覧になった映画の場面を思い起こしながら、是非、ご一読頂きたい。

1. 映画は、私たちが人生の中で修復出来なかったものを修復する力を持っている

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アルノー・デプレシャン:また日本に来ることができて感動しています。私は7回くらい日本には来ていて、大体は東京だったのですが、今回は名古屋・大阪・京都と日本の色々な場所に行くことができると聞いていますので、とても興奮しています。最初に来たのは、『魂を救え!』(1992)の時で、ぴあフィルムフェスティバルに呼んで頂いたのですが、その時の印象はとても強く残っています。今回は“ムヴィオラ”という配給会社に呼んで頂きましたが、我々にとっては、“ムヴィオラ”という会社に配給して頂けるということは特別な意味を持っていますから、本当に嬉しく思っています。

今まで来日を重ねてきた中で、強く思い出に残っていることが幾つかありますので、ここで少し紹介させてください。最初に来日したのは、先程もお話しした通り、『魂を救え!』(1992)の時でしたが、メトロの近くにあるバーで日仏学院の坂本安美さんとお酒を飲んだのは良い思い出として記憶に残っています。もう一つは、『エスター・カーン めざめの時』(2000)で来日した時に、青山真治監督と語り合ったことが、私の心に深く刻まれています。

質問:今回の作品『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』は、『クリスマス・ストーリー』(2008)の時と家族構成が似ているのではないかと思います。『クリスマス・ストーリー』から約10年を経ていますが、映画を作り続ける中で監督の気持ちに何か変化はありましたでしょうか?そして、もう一つお聞きしたいのですが、チラシにも掲載されている「映画は人生を修復する」という監督の言葉があります。これは、現実の人生とはままならないものだけれども、映画を見ることで魂を救って欲しいという意味なのか?あるいは、映画の中で人生が修復されるのであれば、あなたの人生の中でも修復は可能だというメッセージを込めていらっしゃるのか、監督ご自身の言葉で教えて頂けますでしょうか?
アルノー・デプレシャン:仰る通り、『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』と『クリスマス・ストーリー』には似ているところがあります。ただ、『クリスマス・ストーリー』というのは脱線とエピソードの積み重ねの物語なのですが、今回の作品は一つのテーマを集中して扱おうとしています。それは“弟”に対する憎しみであり、怒りであり、恐怖であるのですが、今回は、そういったことだけにフォーカスしようとしたのです。『クリスマス・ストーリー』は、ストーリーそのものが数々のエピソードで成り立っていましたけれども、今回はゴールを目掛けて、そこに突き進んでいくという構成にしています。

『クリスマス・ストーリー』のラストシーンを皆さんは憶えていらっしゃいますでしょうか?ベランダで、エリザベート(アンヌ・コルシニ)が物思いに耽るカットで終わっています。私も、あの時から年を重ねました。あの時の彼女は、他の家族のメンバーの悲しみを背負っています。他の家族は悲しみから解放されているのに、彼女だけがまだ悲しみを背負っているのです。ですから今回は、姉であるアリスを、その“悲しみの情熱”から解放させてあげたいと思ったのです。それでコティヤールと私は、どんな風にすれば彼女を悲しみから解放することが出来るだろうか、彼女の感情を修復することが出来るだろうか、ということを考え始めました。

2つ目のご質問にお答えします。確かに、実人生では中々修復出来ないことがあります。ただ、フィクションの力でそれを修復する、もっと言えば、映画はそれを修復する力を持っていると思います。実生活で私たちはとても不器用です。でも映画を見ることで、うまく修復出来ずにいる一部分でも、修復する助けになるのではないかと思うのです。そんなことはひょっとしたら幻想かもしれない。私たちは実人生では、失敗ばかり繰り返して中々修復出来ないということを永遠に続けるのかもしれません。でも映画は、ひとつの出口、突破口みたいなものを提示してくれることがあると思います。私が好きな哲学者にアメリカ人のスタンリー・カーヴェルという人がいます。彼は「映画は私たち人間をより良い存在にしてくれる」と言っています。私もそう思います。映画は、私たちが人生の中で修復出来なかったものを修復する力を持っていると思うのです。




『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』
原題:Frère et sœur

9月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

監督:アルノー・デプレシャン
脚本:アルノー・デプレシャン、ジュリー・ペール
撮影監督:イリーナ・リュプチャンスキ
編集:ローランス・ブリオー
音楽:グレゴワール・エツェル
美術:トマ・バクニ
衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ
キャスティング:アレクサンドル・ナザリアン
音響:ニコラ・カンタン、シルヴァン・マルブラン、グアダルーペ・カシウス、ステファヌ・ティエボー
第1助監督:マリオン・ドゥアンヌ
エグゼクティブ・プロデューサー:マルティーヌ・カッシネリ
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシット

2022年/フランス/シネマスコープ/5.1ch/110分
配給:ムヴィオラ

©︎ 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma

『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』
オフィシャルサイト
https://moviola.jp/brother_sister


第5回映画/批評月間 ~フランス映画の現在をめぐって~
スペシャルエディション アルノー・デプレシャンとともに
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