OUTSIDE IN TOKYO
DAVID CRONENBERG INTERVIEW
デビィッド・クローネンバーグ オン イースタン・プロミス

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でヴィゴ・モーテンセンと組み、潜在的な暴力をふつうの家族の情景に映しこんだ、カナダはトロント在住の巨匠、クローネンバーグが再び、自身がアーティストでもある俳優と手を組んだ。そこで表現されるのは、ロシアからイギリスへ渡り、ロンドンのロシア料理のレストランを拠点に旧世界の犯罪社会を維持するロシア・マフィアの手先となった男と、ふとしたきっかけから関わりを持ってしまった、ロシア人の父親を亡くしたふつうの女性の惹かれ合いを描く。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でアンダーグラウンドの巨匠から、初期の変質的な傑作を知らない観客にも、オーバーグラウンドに受け入れられた印象のある監督に、その新作と共に、状況の変化などについて聞いてみた。

1. ヴィゴ、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、素晴らしい俳優たち

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自分が住んでいるわけではないイギリスで物語を準備するのは大変でした?
『スパイダー』の一部も、3週間だけイギリスで撮影した。カナダでフィルムを1フィートも回さないのは初めてだ。『エム・バタフライ』でさえ、舞台は中国とフランスなのに、僕のホームのトロントで撮った。だが僕は一緒に作ってきたクリエイティブ・チームをカナダから連れて行く。その上、イギリスにはすばらしいプロデューサーがいて、私の仕事の仕方、スタッフに、細かい配慮をしてくれる。僕らはアメリカ人ともヨーロッパの人とも違う、独特の仕事のスタイルがあるが、イギリスと我々カナダ人スタッフの理想的なマッチングを考えてくれた。すばらしい撮影で、すばらしいスタッフとも仕事できた。役者も申し分なく、いい姿勢で望んでくれた。

ヴィゴと再び仕事することに決めた時、2人で実際どんな話をしました?
『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で一度仕事して、また一緒にやりたいとは話していた。でも『ヒストリー〜』に似すぎてはいないかということは話に出た。表面的にはふつうに見えるのに、何かの拍子に男の過去について違う側面が露呈する。タフガイで人を殺せる男の話だが、それでも違う。ヴィゴ自身の挑戦も違うし、今回、彼はロシア人になりきらなければならなかった。ロシア人のように歩き、言葉も覚え、英語も強いロシア訛りで話さなければならない。それは彼にとってすばらしい挑戦だが、元々、言語習得に長けていて、前とは設定も違うし、一緒に仕事したい気持ちも強かった。台詞もキャラクターも興味深い。その決断に時間はかからなかった。私たちはよく話をするし、電話もかける。やるかどうか、どうやるのか、どんなリサーチをするのか、どこで撮るのか…。2人で仕事するのは楽しいし、彼は滅多にいないタイプの人間だ。

ヴィゴは肉体的にも役になりきる変貌を遂げていましたが、実際、監督から見て何をしていました?
『ヒストリー〜』の経験から、アクセントの覚えがいいのは分かっていた。言葉や台詞への耳が抜群だ。まるで音楽のように覚える。(いい役者は)音楽家でなければならない。信じられるアクセントで話すにはいい耳がなければならない。優れた役者でも、どうしてもそれができない人たちもいる。すばらしい俳優なのに説得力のあるアクセントが覚えられない。ヴィゴは11才までアルゼンチンで育ったからスペイン語も話せる。デンマーク語、フランス語も、ドイツ語も話す。そういう意味でもアメリカ人とは違う。アメリカ人には、とにかく興味がないか、他文化と全く繋がりを持てない人もいる。だが彼はそういう意味で、ずっとヨーロッパっぽいのかもね。だから彼がロシア語をマスターして、ロシア訛りの英語で話せるという自信があった。彼はいつものように一生懸命やってくれた。現場には常に台詞コーチが2人いて、英語を話す時のロシア語のアクセントを確認するイギリス人と、ロシア語を確認する人がもう一人いた。しかも彼らが話すのは、一般的なロシア語でなく、ストリートの、特殊なロシア語だ。だがロシア人の反応は申し分なく、彼のロシア語訛りは完璧だった。本当は話せなくて、すべてが演技だとしても、ロシア語を流暢に話せるという説得力が彼にはあった。ボディランゲージも大切な要素で、肩で風を切る歩き方など、すべてがロシア人らしさを裏付けた。彼はすばらしいパフォーマンスを見せてくれたし、ロシアでの評判もよかった。それは大切なことだ。
ナオミ(・ワッツ)もすばらしい女優で、美しさだけでなく、たまたま美しかったふつうの女性だと説得してくれる。その演技はすばらしく自然体だ。僕は彼女のそんな特質が大好きだ。ナオミとヴィゴの間に特別な化学反応が生まれる必要があった。ふつうのラブ・ストーリーではないのに、性的な緊張感が漂う。僕は2人がそれを作り出してくれると確信していた。映画を撮り始める前に主演同士が一緒にいることはふつうありえない。監督として、2人の化学反応が正しいかどうかはその瞬間まで分からないが、ナオミとヴィゴが合う気はしたし、実際そうなった。彼女が演じるのはイギリス人女性で、父親はロシア人。純粋さと、精神的な弱さを見せる。他にもナオミが美しく表現する要素がある。彼女もアクセントで演じていているが、ふだんはオーストラリア訛りだ。彼女もイギリス訛りで話すことに気をつけなければならなかった。
ヴァンサン(・カッセル)は身体の存在感がある。強く、攻撃的で、肩で風を切る感じ。それはロシア人のギャング、キリルの特徴でもある。だが彼にも驚くべく傷つきやすさがある。彼が少年に見える瞬間さえある。父親に支配され、侮辱される反動から、過剰なほど攻撃的に怒りを吐き出す。そんな振り幅が必要だった。純粋な少年から威圧的な攻撃まで。彼ならできると信じていた。彼もみんなと同じようにロシア語を覚えなければならなかった。ロシア語訛りの英語も。フランス人には尚更むずかしい。

公衆浴場にて裸で格闘するシーンはどのように思いつき、演出されたのでしょう。暴力的、かつエレガントなシーンでした。
脚本では短い説明があるだけだった。“2人のチェチェン人がナイフを持って入ってくる”(笑)。それだけだ。あとは僕と俳優たちで作っていった。それに僕と製作スタッフで細かく構成した。脚本に細かいト書きはなかった。スタント・コーディネーターも入った。決めなければいけなかったのは、男たちがどこで戦いを習得したかということ。ヴィゴは特殊部隊のスペツナズで学んだような闘い方。チェチェン人はチェチェン山中でロシア人と戦って覚えたのか。次はサウナのデザインだった。セットだが、ロンドンに実在したサウナをモデルにしている。すばらしい風呂なのに、見学した直後に改装が始まったんだ。そして完全に様変わりした。それは私たちの気に入るものではなかったから、自分たちで作ることにした。そこでプロダクション・デザイナーとデザインしたのが戦いの場所だ。奇妙で興味深い、闘技場として、小部屋や小回廊を自由に作ることができた。そのデザインをスタント・コーディネーターと俳優たちに見せ、週に数時間、彼らは時間をかけて映画の準備をした。12週に亘って。私は毎週、彼らがどんなことをしているのか覗いていた。テープでバミリをうって、サウナの形を再現し、どんな戦いにするのかを練った。僕は何がよくて、何がよくないのかを伝えた。『ボーン・アイデンティティ』的な、何が起きているのか分からないくらい高速編集な映画はやりたくなかった。観客には、実際に自分に起きていることのように感じてほしかった。そして何が起きているのかすべて分かるようにしたかった。リアルタイムで、スローモーションも超高速編集もなく、肉体がリアルに感じられ、肉と汗と体臭が伝わるくらい身体的に。実際に起こり得るくらいリアルに。ワイドレンズで、俳優から至近距離で撮影するとも伝えた。余計にスタントはむずかしくなる。すべてが目の前に曝されてしまうし、リアルな説得力を持たせるのは大変だった。それをみんなに伝え、一つずつ対処していった。だから撮影の時点では準備ができていて、撮影は2日半しかかからなかった。あれだけ複雑なアクション・シーンには珍しいことだ。
付け加えると、みんなヴィゴがあのシーンで、裸で大変だったかとか聞くものだから説明しておこう。シーンについて話し合っている時に、彼から、これは裸でやらないといけないなって言ったんだ。僕は、うん、それがいいね、と言った。それで終わり。彼は役になりきる俳優であるが故に、自分が隠そうとすれば嘘っぽくなることを分かっていた。僕の立場からも、彼のモノを隠すために不自然なカメラアングルで対処しようとすればおかしなことになるのは明白だった。

『イースタン・プロミス』
EASTERN PROMISES

監督:デヴィッド・クローネンバーグ
脚本:スティーヴ・ナイト
製作:ポール・ウェブスター、ロバート・ラントス
製作総指揮:スティーヴン・ギャレット、デヴィッド・M・トンプソン、ジェフ・アッバリー、ジュリア・ブラックマン
共同製作:トレイシー・シーウォード
撮影監督:ピーター・サシツキー
美術:キャロル・スピア
編集:ロナルド・サンダース
衣裳:デニス・クローネンバーグ
音楽:ハワード・ショア
メイク:ステファン・デュプイ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、アーミン・ミューラー=スタール、イエジー・スコリモフスキー、シニード・キューザック

2007年/イギリス・カナダ・アメリカ/100分
DOLBY SRD/1:1.85/カラー/35mm
©2007 Focus Features LLC.

『イースタン・プロミス』
オフィシャルサイト
http://www.easternpromise.jp/
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