OUTSIDE IN TOKYO
GUILLERMO ARRIAGA INTERVIEW

『あの日、欲望の大地で』
ギジェルモ・アリアガ オフィシャル・インタヴュー

1  |  2  |  3



過去に3度組んだイニャリトゥ監督と袂を分かち、自ら監督作品を撮り上げたわけだが、やはり、脚本をやっている時からいずれ監督になるつもりだったのだろうか?
アリアガ:はい。10代の時から思っていました。ずっとチャンスを待っていましたが、私には技術がありませんでした。今まで、ビデオクリップなども含め、映像を撮った事が一切ありませんでした。技術的なものを補って余りあるものが見つかれば、自分にも出来るのではと思っていました。実際にやってみて思ったのは、技術的な問題は障害にはならないという事です。何故なら、素晴らしいプロがいれば、技術的な事は教えてくれるからです。
ある時、友達のプロデューサーは「『あの日、欲望の大地で』を撮影する時は脚本と俳優に専念しろ。」と言いました。それ以外は皆プロがやってくれるのです。オスカーを取ったカメラマンにこういう絵を撮って欲しいと言ったら全部彼がその通りに仕上げてくれたわけです。ですから、皆さんには視覚的にも、この映画を気に入っていただければ嬉しいです。

今までの作品同様本作でも、場所と時間が交錯するストーリーテリングが特徴的だ。この手法はどのように生まれたのだろうか?
アリアガ:それは意図しているもので、日常生活でも皆そうしているからです。皆気がついていないだけで、自分達が語る話は時空間が交錯しています。どんな文化でも話をする時は時間と空間は時系列順には話しません。ですから、私たちが日々語るのと同じように、映画でも語りたいと思っています。又、集中力に問題があるので、多動性で一つの話から色々な所に飛んでいってしまいます。ですから、考えるままに書いています。

“愛と欲望”の物語である本作が、このような複雑で困難な時代状況にあって、今この時代に作らなければならない意味はあるのだろうか?
アリアガ:これは一つの例なのですが、イタリアでこの映画を上映した際に、自分が脚本と監督をしたと話したら、映画を観た女性がこれはオバマの映画だと言った。多様な文化の中で希望が持てる作品だと言わたのです。ですから、今この映画を作った事には意味があると思っています。

1  |  2  |  3