OUTSIDE IN TOKYO
RYUSUKE HAMAGUCHI INTERVIEW

濱口竜介『寝ても覚めても』インタヴュー

4. すべては「語り」の有効性みたいなものが一番上位にありまして、
 それと同じか準じるぐあいのところにキャラクターの一貫性みたいなものがある

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OIT:台詞というのは言い回しだけではなくて内容もですか?
濱口竜介:内容もですね。台詞に関してはかなり変えていますね。一方で、どうしても変えられない田中さんの決定的な台詞が残るという感じでした。麦の「絶対に帰ってくるから」とか「やっぱり待ってたんじゃん」とか。
OIT:柴崎友香さんの原作小説からそのままきている台詞も色々な場面でありますけれど、それは割と濱口さんが入れたものですか?
濱口竜介:そうですね、そうだったと思います、記憶してる限りは。
OIT:チェーホフの場面についてですが、もうこの脚本が出来た時点でああいう完成形というか、あれぐらいのものにしたいっていうのはしっかりとあったんですか?
濱口竜介:あれぐらいというのは?
OIT:何と言いますかね、非常に感動的なのです。まずクッシーがああいう人だっていうのがあの場面で分かって、さらに朝子が、一見そうは見えないんだけど、色々な障害物を踏み越えてばーっと駆け抜けていく、その一直線な性質、そうした全てがあのシーンで一気に立ち上がってくる、非常に重要なシーンだと思えるんです。
濱口竜介:すべては「語り」の有効性みたいなものが一番上位にありまして、それと同じか準じるぐあいのところにキャラクターの一貫性みたいなものがある。そのバランスがここは一番難しいと言えば難しかったです。もうちょっと削りたかったけど削れないというところがありましたね。このシーンが結果的に8分ぐらい続くんですけど、こんなに長くて大丈夫だろうかということはプロデューサーとも話してました。でも、こうとしかしようがない。何故かと言うと、キャラクターの行動原理を尊重しないと結局、ドラマ全体の説得力が下がるからです。朝子は「亮平を避けたい」というのがこのときの基本的な行動原理です。会ったら近づいてしまうからっていうことの裏返しでもあるんですけど、朝子がそうやって避けるが故に亮平は気になってしまうというサイクルが生まれている。そういう状況なので、基本的には朝子と亮平の間にコミュニケーションが発生し得ない流れなんです。なのでそこに二人を結びつけるマヤっていう人がいる。ただ彼女だけでは社交辞令みたいな会話で終わってしまう。そうすると、ドラマは進行しないので、「語り」はどこかでその社交辞令みたいな会話のレイヤーから一個深いところに導いて行かなければいけない。ということで、これは原作にはいないんですけど、言ってはいけないことを言ってしまう串橋(クッシー)っていうキャラクターが必要になる。非常に気まずい時間、普段だったら口にしないようなことを口にする時間っていうのが彼が発言して始まる。以降の大部分、話しているのは串橋とマヤなんですけれども、そのことによって朝子が刺激されて発言する、その時、観客にとっても、亮平にとっても、この人こういう人だったのかっていうのがけっこう初めて分かる。朝子がこういう人だったのかって分かることに呼応して亮平が動く。朝子もまた亮平を見て、亮平っていうのは麦と顔が似てるけど、まったく違うパーソナリティの人だと初めて認識する。それが今後の二人の関係の進展の基盤になる。そういう構造になっていまして、「二人の距離が近づく」っていう単純な語りを、キャラクターの一貫性をある程度保ってやるとこれぐらい時間がかかるっていうことなんです。そういう長さと繊細さのあるシーンが編集でどうなるか、やっぱり全然見えていなくて、ひたすら役者さんにポジションごとに全部通すことを繰り返してもらって。非常に疲れさせましたけれど(笑)、でもこれはしょうがない、申し訳ないと思いながら、一日ずっと繰り返しながらやってた。
OIT:一日であれ全部撮ったんですよね。シーンを撮った後、実際の編集はまた大分経ってからやってるんですか?
濱口竜介:1ヶ月以上は経ってますね。
OIT:まあそれで繋がるとか繋がらないとかっていう苦労が編集の時にあったけど、撮り直すわけにはいかないと。
濱口竜介:もちろんいかないですね。なので最適なルートをある素材群から見つけ出す、という感じでした。編集で最後まで悩んだ部分の一つです。

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