OUTSIDE IN TOKYO
JERZY SKOLIMOWSKI INTERVIEW

ポーランド出身の映画作家イエジー・スコリモフスキは、母国で撮った『身分証明書』(64)、『不戦勝』(65)、『バリエラ』(66/※1)で頭角を表し、ジャン=ピエール・レオを主演に迎えた『出発』(67)はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞、ジャン=リュック・ゴダールは『出発』を“ポーランド的でやぶれかぶれな映画”(※2)と“羨望と親愛の情を込めて”高く評価したという。“ポーランドのゴダール”とも呼ばれたスコリモフスキの作品に対するゴダールの評価をそのように伝えた山田宏一は、1972年の洋画ベストにて、『早春』(70)をドン・シーゲル『ダーティーハリー』(71)、ベルトルッチ『暗殺の森』(71)を差し置いて、堂々1位に選出している。

順風満帆に見えたスコリモフスキのキャリアだが、『手を挙げろ!』(67)が祖国ポーランドで上映禁止を喰らい、その後、約10年間に亘ってチェコスロヴァキア、ベルギー、スイス、西ドイツなどを渡り歩き、映画を撮り続けることになる。そして、ここ日本でも爆音上映され再評価を受けたことが記憶に新しい『ザ・シャウト』(78)を撮ったイギリスに5年間、続くアメリカでは15年に亘って仮の住まいを構えることになった。英国時代に撮った『ムーンライティング』(82)は、現在でも高い評価を受けているし、『ライトシップ』(85) は、“ポランスキーのいかなるアメリカ映画よりも優れて”おり、”近年のもっとも美しいアメリカ映画のひとつ”と蓮實重彦も高く評価(※3)したが、ソ連解体の年、1991年にポーランドで撮った『30 ドア 鍵』(91)(ゴンブローヴィッチ原作)を最後に、スコリモフスキは監督業からしばし離れることになる。

生活のための俳優業と、この時期の創作活動の中心である絵画に勤しんだ17年間を経て、2008年、祖国ポーランドで撮った『アンナと過ごした4日間』(08)で目覚ましい復活を遂げたスコリモフスキ監督は、第22回東京国際映画祭のコンペティションの審査員を務めるために来日を果たした。以降の監督の動向は日本のコアな映画ファンの間ではかなり知られているといっても良いだろう。5年振りに届けられた新作『イレブン・ミニッツ』(15)は、『アンナと過ごした4日間』(08)や『エッセンシャル・キリング』(10)同様、他の誰の映画にも似ていない、見る者を驚かせずにはいない黙示録的傑作である。

映画は、ワルシャワの都市の高級ホテルを集積点として、10人と1匹の登場人物が不可逆的に物語構造に呑み込まれて行く、音楽的とも言える構造を持った悪夢的物語が、スコリモフスキ特有の音響とライブ感のある音楽、図像学的メタファーと予兆の数々がそこかしこに散りばめられた豊かなディテイルによって構成され、“起こりつつある悲劇”を止めることの出来ない人間存在の儚さ、未熟さを、最新のデジタル技術を駆使した21世紀的質感で描き、不安な現代を生きる私たち観客に覚醒を促す、なんとも禍々しも若々しい作品に仕上がっている。5年振りにお会いすることの出来たスコリモフスキ監督は、相変わらず力強く、インタヴュー終了後にさせて頂いた、がっしりとした握手の感触が今も私の手に残っている。

※1:『バリエラ』は、「映画の魅惑」(メタローグ刊)にて、松本俊夫氏が「アヴァンギャルド映画ベスト50」の一本として選出している。
※2:「映画 果てしなきベスト10」(山田宏一著/草思社)
※3:「映画狂シネマ事典」(蓮實重彦著/河出書房新社)

参考文献:紀伊國屋映画叢書Ⅰイエジー・スコリモフスキ 編者:遠山純生

1. シナリオを書く作業は、私にとって自己セラピーのようなものだった

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OUTSIDE IN TOKYO (以降OIT):前作『エッセンシャル・キリング』(10)から約5年が経っていますが、本作を作るに至った経緯を教えて下さい。
イエジー・スコリモフスキ:私は、絵画と映画作りを同時進行では出来ない質(たち)なんだ。『エッセンシャル・キリング』の撮影が終わった後、しばらくは、絵画を描いていた。その後、ある悲劇的な出来事が私の人生に起こり、絵を描くのをやめざるを得なくなった。そして、とても陰鬱な考えに取り憑かれて、暗い内容の夢ばかりを見るようになってしまい、ある晩に見た悪夢の雰囲気を再現したいと思うようになった。ひとつのカタストロフィに向かって緊張が高まって行く、そんな物語を作りたいと思ったんだ。最後に、その悪夢の場面が来るように。

OIT:その悲劇的な出来事について、差し支えのない範囲で教えて頂けますか?
イエジー・スコリモフスキ:私にとって一番身近な人物のふたり、私の次男(ユゼフ・スコリモフスキ)と、その母親(エルジュビェタ・チジェフスカ)が、突然この世を去ったんだ。

OIT:とても辛い時期をお過ごしになられたのですね、、、。そうした状況であるにも関わらず、監督は、とても現代的で、刺激に満ち、大変力強い映画をお作りになった。いざ映画を作るという段階になると、そうしたエネルギーが湧いて来るものなのでしょうか?
イエジー・スコリモフスキ:ある意味で、シナリオを書く作業は、私にとって自己セラピーのようなものだった。私は、何とかしてその黒い夢、悪夢の中で見た雰囲気というものを表現しようと思った。そのためには、自分を追いかけている、自分を苦しめているものを、自分の内側から掃き出さなければならなかったんだ。それが私にとってのシナリオ作りだった。

『イレブン・ミニッツ』
原題:11 MINUTES

8月20日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

監督・脚本:イエジー・スコリモフスキ
撮影監督: ミコワイ・ウェブコスキ PSC
音楽:パヴェウ・ムィキェティン
編集:アブニェシュカ・グリンスカ PSM
録音:ラドスワワ・オフニョ
美術監督:ヨアンナ・カチンスカ、ヴォイチェフ・ジョガワ
衣装:カリナ・ラフ
メイク:アンナ・ノベル=ノビェルスカ
プロダクション・マネージャー:アンジェイ・ステンポフスキ、ダリウシュ・クウォドフスキ
VFX:アルバーニア・スタジオ、プラティジュ・スタジオ
プロデューサー:エヴァ・ビャスコフスカ、イエジー・スコリモフスキ
製作総指揮:ジェレミー・トーマス、アンドリュー・ロウ、エド・ギニー、アイリーン・タスカ、マレク・ジドヴィチ
出演:リチャード・ドーマー、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ、パウリナ・ハプコ、アンジェイ・ヒラ、ダヴィド・オグロドニク、アガタ・ブゼク、ピョトル・グウォヴァツキ、アンナ・マリア・ブチェク、ヤン・ノヴィツキ、ウカシュ・シコラ、イフィ・ウデ、マテウシュ・コシチュキェヴィチ、グラジナ・ブウェンツカ=コルスカ、ヤヌシュ・ハビョル

2015年/ポーランド、アイルランド/81分/カラー/デジタル
配給:コピアポア・フィルム

© 2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT

『イレブン・ミニッツ』
オフィシャルサイト
http://mermaidfilms.co.jp/
11minutes/
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