OUTSIDE IN TOKYO
KOMORI HARUKA INTERVIEW

3.11東日本大震災の後、友人の作家瀬尾夏美と共に東北に移住した小森はるか監督は、被災地に赴き、その地に住む人々にカメラを向けた。しかし、その姿勢は単なる取材者のそれではない。彼女(達)は、その地に住み、長い時間を彼/彼女等と共に過ごすことで、被写体との特別な人間関係を育んだ、そのことが監督自身が撮影する映像から伝わってくる。 そうして、小森はるか監督が出会った多くの人々の中に、本作の主人公“たね屋の佐藤さん”がいた。佐藤さんは、津波で全てを失った後に自力で掘った井戸を貴重な水源とし、生業である”たね屋”を再建する。そして、科学的とも言うべき姿勢を日々の営みの中で実践していき、1本の木にトマトとナスが成る栽培技術を発明する。その傍らで、自らが体験した被災体験を、独学で学んだ英語、中国語、スペイン語で執筆、冊子を制作し、海外の人々に販売し、被災体験を世に語り次いでいる。しかし、一体、どのようにすれば、津波で全てが流されてしまった後、それなりに年嵩のいった男性が一人で、井戸を堀り、店を再建し、独学で外国語を習得し、著作まで表すことが出来るようになるのか?本編ではその秘密が明かされていくことになるだろう。

佐藤さんはさらに、地域の津波被害の歴史を調べ上げ、そこで生じた疑問を、同時期に海外で起きた津波の歴史上の記述と比較分析することで、検証していく。「ただ事実だけを書きたかった」という精確さへの欲求、それは未来の人々の命と生活に関わるものであるからこそ、“精確”でなければならず、そうした科学的な姿勢を以て、自らを朗々と鼓舞しながら、世界に”たね”を撒き続ける佐藤さんの姿が、見るものを奮い立たせる。そんな一人の希有な人間の営為が、この映画ではとても実直に描かれていくのだが、佐藤さんの破格の存在感にも関わらず、見るものは彼に、どこか親しみすら覚えてしまうに違いない。ひとつひとつ事実を積み上げていくことの”厳格さ”と、自分も何かしら世のためになることを成し遂げることが出来るのではないかと思わせる”楽観性”が、この映画には奇跡的に同居しているのだ。

本作には、その佐藤さんを映像に収めている小森はるか監督の存在もまた、それは“声”だけの存在なのだが、佐藤さんの随走者のように映像に写り込んでおり、“映像作家”小森はるかが形成されていくそのプロセスが如実に記録されている。かつてシャンタル・アケルマンは「イマージュと、それを見つめる者の間は、つねに平等であってほしい」と語ったが、この映画において、その夢はまさに現実のものとなっている。『阿賀に生きる』(92)以来のネオレアリズモ的傑作とも呼びたくなる『息の跡』をついに完成させた、小森はるか監督のインタヴューをここにお届けする。

1. 週6日、朝から晩までお蕎麦屋さんで働き、休みの時間に撮影をしました

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):小森監督の作品は、今回の『息の跡』の他には、『the place named』(12)を拝見していますが、あの作品も震災の後に作られたものですね?
小森はるか:そうです。

OIT:ソーントン・ワイルダーの「わが町」の戯曲を作品の中に取り込むという作りでしたが、あの作品にも『息の跡』の萌芽があるような気がしたんです。人の声に寄り添っていくこと、震災で失われた多くの命、そういうことに対する繊細な感受性が宿っている。前作は、小森さんの地元で撮影されて、今回は岩手県陸前高田で撮っています。その辺の経緯を少し教えて頂けますか?
小森はるか:『the place named』を作っていた頃は、絵と文章を書く作家の瀬尾夏美さんと一緒に、東京から東北に行って、ボランティア活動をしたり、街の人の話や風景を記録するために毎月通っていた時期でした。2012年春に「桃まつり」という上映企画に参加することが決まっていて、そろそろ制作を始めなければならないのに何を作ったらいいかわからず迷っていました。東北で記録しているものを作品にする気持ちはなかったし、全然震災と関係ない作品を作りたいとも思えなかったんです。その中間でできそうなことがないかと考えていて、私自身、東京の友達と震災について話すのが難しく感じていたこともあり、「わが町」という物語を挟んでなら一緒に話す場をつくれるのではないかというきっかけで『the place named』を制作しました。その後、瀬尾と一緒に陸前高田の方に引っ越して、私はお蕎麦屋さんで働いて、本当にその街の一員にならせてもらう、といっても仮の状態ですけど、生活の基盤を作って、お休みの時間に撮影をするということを3年くらい続けていました。

OIT:フルタイムでお蕎麦屋さんで働いてたんですか?
小森はるか:はい、週6日、朝から晩までずっと働きました。そのお蕎麦屋さんは、元は街の中心部にあるお寿司屋さんだったんですけど、震災後にお蕎麦屋さんとして再建した店です。家族経営のお店で、働いてるおばちゃんたちも親戚の方が多くて、私はアルバイトなんですけど、家族になったような近さで過ごさせてもらいました。住む家は違いましたけど。

『息の跡』

2月18日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

監督・撮影・編集:小森はるか
プロデューサー:長倉徳生
プロデューサー・編集:秦岳志
整音:川上拓也

© 2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

2016年/日本/93分/HD/16:9/ドキュメンタリー
配給・宣伝:東風

『息の跡』
オフィシャルサイト
http://ikinoato.com
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