OUTSIDE IN TOKYO
KUROSAWA KIYOSHI INTERVIEW

黒沢清『ダゲレオタイプの女』インタヴュー

2. 単純に見ているだけで気持ちの良い、ある感覚、そして、生々しさ、
 その両方を丁寧に描くことが、映画のカメラマンの基本

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Q:物語的には、かすかに『岸辺の旅』は頭を過りはするものの、どこが似ているとか、どこが一緒だという風なことは思わずに、この物語の中に入り込むことが出来ました。何故かというと、映像の芸術性の高さというのを今回凄く感じてしまったんですね。毎回、映像が美しい、芹沢さんのカメラもすてきだなと思っているわけですが、今回はとりわけ、フェルメールの作品のような暗闇の深さといいますか、光の淡さといい、そういう点で凄く芸術性の高さを感じたんです。フランスで初めてフランス人クルーと一緒に仕事をするという点において、黒沢監督は全然変わりはなかったって色々な機会に仰っていますけれども、それでもこんなに違う世界が出来上がるということについて、何か違いを感じることはなかったのでしょうか?
黒沢清:まあ、やっぱり違うんでしょう。撮影の作業の流れそのものは、本当に日本と変わらないし、僕がお願いしたことを本当に熱心に実現しようとしてくれるんですが、ただ、どこがどうとこっちも、撮っているその時はよくわからないのですが、細かいひとつひとつのディテイルはやはりフランスなんですね、当たり前なんですけど。それはまあ、場所も人間も、着ている衣装もフランスですから。こういうと語弊があるかもしれませんが、撮っている内に、どんどんフランスっぽくなっていくんです。僕は、もの凄いフランスっぽさ、のようなものを狙ってはいないので、もうちょっと普通でいいと思っていたわけです。例えばですけど、外で撮影する時に、太陽がどこにあるのか、っていうことをもの凄く気にするんですね。もちろん日本の撮影監督も気にはするんですが、アレクシ(撮影監督)は必ず逆光に入ろうとする(笑)。日本人の場合は、順光なら何かで光を切ったり、色々な工夫をしてやるんですが、彼らは必ず逆に入ろうとする。何でそんなところにカメラ置くの?って聞くと、こっちだと逆光なんだよ、後ろから光がフワ~と(笑)なるでしょうというわけです。でも、そのフワ~がいい場合もあるけれど、全カットフワフワしてたらマズいでしょう、ということもあるので、たまには順光もいいでしょう?と言うと、さすがに、順光もたまにはいい、とか言うんですけど、感覚的には、必ず逆光に入ろうとしてた。そこは面白かったですね。

それと、日本と全然違って驚いたのは、壁の色ですね。どういうことかといいますと、あの屋敷、家を使えることになったんですけど、美術部が壁の色は何色がいいでしょうか?って聞いてくるんです。人が住んでるですよ。でも塗り替えますから、って言うんです。人が住んでる部屋を塗り替えていいの?って思うんですけど、余程、持ち主が嫌だと言えば別ですけど、大概はいいらしい。だから、屋敷の中の壁の色はほとんど塗り替えてるんです。それで、どうしてそんなことをしていいのか聞いたんですけど、これは日本と全然環境が違うところなんですけど、あの屋敷そのものは300年位前からあるので、歴代住んでいる人が何十回と塗り替えてるんですね。だから、塗り替えて嫌になったらまた塗り替えればいいと、壁を塗り替えるっていうのは、何でもないことなんですね。ああ気分が変わっていいな、くらいのことで、嫌になったらまた塗り替えればいいと、その塗り替えた層がもの凄く厚くなっているくらい、壁の塗り替えは朝飯前なんですね。遣り過ぎると、もの凄くあざといことになるんですが、ある設計の元で統一的に作っていくことが出来る。日本だと人の家の壁を塗り替えるわけには、ちょっといきません。フランスの場合は、映画を作るために、それくらいやってもいい、映画に写るものなんだから、基本的にはみんな好きな色にしましょうよ、というおおらかで、贅沢な考えがベースにあるんですね。

Q:撮影監督にアレクシ・カヴィルシーヌを抜擢した理由を教えて頂けますか?
黒沢清:彼がこれまで撮ってきたものを幾つか見させて頂いて、本人にも会って決めましたね。日本ではなかなかそこまではしないんですが、5~6人の撮影監督と面接をしたんです。みんな脚本を読んできて、私ならこうやりたい、こんな風にしたいという話をして、その中で、一番柔軟性があって、まだ若い彼が、僕がなんとなく望んでいる映像に一番近い感覚を持っていると思ったんです。

Q:他の候補者で迷った方はいませんでしたか?
黒沢清:え~と、それはいましたね。でも、アレクシは、最初に会った時から彼のキャラクターも含めていい感じだな、と思ったんですが、他にも結構なベテランの方もいましたし、迷う人は何人かいました。そこそこ名の知れた方もいらっしゃいましたね。

Q:芦澤(明子)さんもアレクシのことが凄く気になっていたようですね。
黒沢清:そうですね。アレクシの方も、芦澤さんが気に入ってくれるだろうか、と凄く気にしていましたし。まあ、それはそういうもんなんですね。ただ、もちろん、芦澤さんとアレクシでは感覚的に全然違うとは思うんですが。先程仰って頂いたような、ある美しさ、と言っていいのかわかりませんが、あるフィクションとしての、本当にただ単純に見ているだけで気持ちの良い、ある感覚、とはいえ、そこに写っているものが、ちゃんと持っている生々しさ、リアリティというもの、その両方をちゃんと丁寧に描こうとしてくれる人という点、それはまあ、映画のカメラマンの基本だと思いますが、そのどちらも出そうとする人という点では二人とも同じかなと思ってますね。



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