OUTSIDE IN TOKYO
Mehrdad Oskouei Interview

メヘルダード・オスコウイ『少女は夜明けに夢をみる』インタヴュー

2. 私は一つの作品を撮る時、まず最初に、何を撮りたくないかについて考えます

1  |  2  |  3  |  4



OIT:この作品を作るにあたって、相当リサーチに時間をかけたということですが、どういうリサーチをされたのですか?
メヘルダード・オスコウイ:施設の話を撮るにあたって、まず自分の過去に思いを馳せました、自分はどういう家族からきたのか、どういう少年時代だったのかといったことです。例えば、私は15歳の時に自殺をしようとしたことがあります。父の会社が倒産をしたので、家族は経済的に貧しい時代を過ごしました。そういった時代のことを思い出そうとしたのです。その後、中近東の子供たち、特に犯罪を起こしてる子供たちや貧困状態にある子供たちについての本をユニセフがたくさん出しているのですが、それらの本を全て読みました。そして、フランスの哲学者ミシェル・フーコーの本を読みました。権力者と社会、権力と人々との関係、権力者の視点から見た社会といったことが書かれていて、フーコーの著作は結構読んだんです。そして、イランで書かれた、そうした子供たちについて書かれた書物も一通り読みました。ただし、劇映画で少年院とかを描いている映画は何本もあるのですが、例えば、アボルファズル・ジャリリの『かさぶた』(1987)という映画は日本でも公開されていますけれども、そうした映画は一切観ないようにしたんです。なぜなら、自分の新鮮な考えと目線がそれによって変わってしまうかもしれないから、新鮮さを保つためにそういった劇映画は観ないようにしました。それから施設の中に入り、映像を撮りました。今はもう三部作を撮っていますから、そうした劇映画も見ていますが、撮影に入る前は、劇映画を観ると影響を受けかねないと思ったので、見ないようにしていたんです。

OIT:なるほど。カメラは少しだけ外に出ますが殆ど施設の中で撮っています。リサーチを通じてそういう撮り方にしようと決めたわけですか?
メヘルダード・オスコウイ:私は一つの作品を撮る時、まず最初に、何を撮りたくないかについて考えます、何を外すべきかを考えるんです。これは撮りたくない、あれは撮りたくないと書いていって、最後には撮りたいものだけが残ります。それで、そこに視点を置いて、そこだけを撮る。それが私のやり方です。そして、これは必ずリサーチの初めから行うことですけれども、ストーリーテリングをどうするか、あとはフォルムをどう作るか、この二つのことに関して別々に書いていき、それぞれについて考えます。何を話したいか、人物について、そしてその周囲の環境について語るのが私のストーリーテリングの基本です。語りのフォルムに関しては、撮影監督もいますし、サウンド担当もいますから、どういうものを撮れば良いのかという考えを記したノートを作って、彼らとイメージを共有します。そこには自分がイメージしている写真を様々な情報源から持ってきて貼りつけます。このシーンはこう撮りたいといったことですね、情報ソースは雑誌や新聞の記事である場合もあるし、ネットからとることもあります。照明の人にも、こういう光が欲しい、このぐらいソフトなライティングが必要だよといったことを、ノートを作って見せるんです。ですから、そのノート(ルック・ブック)は撮影の現場に常備されています。撮影監督は事前に欲しいイメージを知ることができるのです。どのぐらいアングルを変えれば、ノートで見た写真のイメージに近づくのか、撮影のクルーはそうしたことを知った上で現場に臨みます。

例えば、少女たちを撮影したこの作品の中には、刑務所の映像として紋切り型である”バール(鉄格子)”が出てこないんですね、だた、一ヶ所だけを除いて。彼女たちが釈放されていく扉のところですが、そうした見せ方は最初から考えていたことです。私は撮影監督に「(ノートに貼ってある)あの写真、見た?」と聞きます。彼は「見ました」と答える。私が撮影したいのは、その写真のように”バール”がない施設の画なのです、ということを事前に確認します。つまり、本当は出ていく社会の方が刑務所じゃないのか?こっち側じゃなくてそちら側が刑務所かもしれないよ、そのことを示したかったので最初から撮影監督と話をして”バール”が映らないようにしたのです。



←前ページ    1  |  2  |  3  |  4    次ページ→