OUTSIDE IN TOKYO
Rithy Panh INTERVIEW

リティ・パニュという映画監督は誰もが知る名前ではない。だがそんな監督が2013年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀作品賞を受賞した。さらに言えば、米アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされるという快挙を成し遂げた。フランスで映画を学んだこのカンボジアの監督がそんな名声に拘る人間でないことは容易に想像がつくが、そうした名誉が、彼が世の中に伝えるべく作ってきた映画の歴史的背景、つまるところ、その真実をより広い観客層に向けて知ってもらうきっかけになったのは間違いない。カンボジアで生まれたパニュはポル・ポト率いるクメール・ルージュの粛正という名の虐殺を子供の頃に経験、タイを経て、パリへ脱出できた“生存者”である。その体験が彼の映画作りと強く結びついている。クメール・ルージュの愚行を世に知らしめ、色褪せないように残していくために、『サイト2:国境周辺にて』(89)で映画作家としてスタートを切ったパニュは、ドキュメンタリーという手法で映画を作り続け、90年よりカンボジアに帰国しながらも、パリを拠点に自らの視点から歴史と向き合ってきた。

そんな彼にとっての“消えた画”とは、ポル・ポト政権の歴史的な愚行により、生命を落としていった者たちが存在した証たる写真や映像がほとんど残されていないことを指している。すでに資料が消失してしまっているため、映像や写真で展開するというストレートなドキュメンタリー的手法では表現しきれない中、独自のナラティブとして構築したのが彼自信の手でこさえた粘土人形だった。カラフルに彩色された人形たちは、そこに“ない”存在を見せてくれる。そんな歴史的な闇さえなければ、生活も夢もあったはずの個人や家族たちの存在。ただの亡霊のように片づけられ、歴史的に抹殺されてしまうかもしれない存在。そんな人形を使いながら、パニュは亡霊たちを呼び起こし、物語の中に参加させる。そして観ている我々も、(監督が自らの手で作りながら記憶を重ね合わせる)粘土の人形に形を変えた彼らの視線を感じながら、物語の中に入り込んでいく。

だが目の前の監督は、特に語る言葉はないと言う。映画監督として映画を撮った以上、そこに全てがあり、後から口で語るべきことはないのだと。もちろん、なぜ彼がそんなことを言うのかは、よく理解できる。私たちは、ただ、このインタヴューが彼の伝えたい世界への入口になってくれることを願うばかりだ。

1. 映画監督というのは、言論の人間じゃないんです

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リティ・パニュ(以降RP):正直に話してもいいですか?

OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):もちろん。
RP:みんな僕を必要としていないんです。僕の考えていることなんて必要としてないんですよ。映画を作ってしまえば、映画自体が語ってくれるものだから、僕なんて必要ないのです。もしその映画がたいしたことがなければ、語る必要のない映画でしょうし、もし映画が“あなた”に何かを語ってくれていたなら、もうそれで十分なのではないかと思うからです。そもそも映画評論家は、自分はこれが好きだと思った映画しか批評してはいけないんですよ。

OIT:その通りだと思います。
RP:やっぱり、それならば情熱を持って書けますからね。

OIT:確かにそうですね。それを分かった上で、そもそもこういうサイトを始めたのも、自分が映画監督の言葉によって色んな面で変えられてきたために、そんな“あなたたち”の言葉を残していくのも大事だと思ったからなんです。
RP:なかなか上手いことを言うね。

OIT:(それには)あまり興味はないですか?
RP:あまり信じていないな。

OIT:では、映画だけがあればいいですか?
RP:本を読む時、僕はその作家に会う必要を感じませんしね。僕が読むような本は、ほとんどの作家が死んでいますけど。でも、もしその作家が死んでいて話しかけられないとしても、やっぱり本が語りかけてくれることには変わりないんですよ。映画監督というのはやっぱり、言論の人間じゃないんです。どちらかと言うと、僕は言葉で説明するタイプの人間ではない。語るのが好きな映画監督もいると思いますけど、僕はその類ではないんですね。どちらかと言うと無駄なことをべらべらと話して空白を埋めているという方が普通は多くないですか?きっと監督としての自分のエゴやその周りばかりをうろうろしているような話が多いのではないじゃないしょうか。そうじゃないですか?

OIT:そういう場合も確かにあると思います。
RP:大多数がそうじゃないですか?

『消えた画 クメール・ルージュの真実』
英題:The Missing Picture

7月5日(土)より、ユーロスペースにてロードショー

脚本・監督:リティ・パニュ
製作:カトリーヌ・デュサール
テキスト:クリストフ・バタイユ
ナレーション:ランダル・ドゥー
音楽:マルク・マーデル
人形制作:サリス・マン
撮影:プリュム・メザ
編集:リティ・パニュ、マリ=クリスティーヌ・ルージュリー
共同製作:CDP(カトリーヌ・デュサール・プロダクション)、アルテ・フランス、ボファナ・プロダクション

© CDP / ARTE France / Bophana Production 2013 – All rights reserved

2013年/カンボジア・フランス/フランス語/HD/95分
配給:太秦

『消えた画 クメール・ルージュの真実』
オフィシャルサイト
http://www.u-picc.com/kietae/
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