OUTSIDE IN TOKYO
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母国ハイチの勇猛な革命の歴史が西洋列強によって改竄され、経済制裁によって尊厳を貶められた、その非人間性の根源を、ジェームズ・ボールドウィンが綴った、メドガー・エヴァース、マルコム X、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが相次いで暗殺された米国の差別の歴史を通じて探求する、魂のシネマ・エッセイ『私はあなたのニグロではない』(16)を、トランプ政権下のアメリカで放ち、異例のヒットを勝ち得たラウル・ペック監督が、次に世界に向けて解き放ったのが、本作『マルクス・エンゲルス』(17)である。

超大国アメリカ合衆国の大統領がドナルド・トランプに代わり、差別の歴史はむしろ時代に逆行し、貧富の差も拡大しているという現状においてラウル・ペックは、『21世紀の資本』で注目されたトマ・ピケティに言及しながら、1999年のBBC調査で、”20世紀の最も偉大な思想家”として2位のアルバート・アインシュタインを抑えて首位にランクされたのがカール・マルクスであったことを擁護して、21世紀になった今こそ、「20世紀的世界秩序の崩壊に対して、責任や罪悪感を抱くことなく」、「マルクスの科学的論文の本質とは何であったのか」ということについて考える時が来たのだと語っている。

ここに掲載する、『マルクス・エンゲルス』上映後に岩波ホールで行われた、元外務省主任分析官でもある作家佐藤優氏のトークショーで氏は、『マルクス・エンゲルス』という映画は、”エンゲルス主導説”であるという見立てを示している。それはあくまで作家佐藤優の”見立て”であって、監督のラウル・ペックがそのような意図を以て、この映画を作ったかどうかは定かではない。しかし、若き日のマルクス(アウグスト・ディール)、エンゲルス(シュテファン・コナルスケ)、そしてマルクスの聡明なるパートナー、イェニー(ヴィッキー・クリープス)、社会変革に情熱を燃やしたこの3人の若者の活劇が新しい観客の目に届き、新たにカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの思想を発見していく契機となるのであれば、佐藤優氏が語られたことは、映画『マルクス・エンゲルス』のみならず、混迷を深める現代社会を読み解く上でも、有益な補助線として読むことが出来るはずだ。

「」内はプレスシートの監督インタヴューより引用

1. 国家というものに頼っていては、
 貧困の問題も格差の問題も人間の差別の問題も結局解決できない

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佐藤優:まずこの映画を見て、皆さん気づきましたか?“社会主義”っていう言葉が一度も出てこないでしょう。実はマルクスは、“社会主義”という言葉はテキストの中でも二回ぐらいしか使ってない。エンゲルスはよく使ってましたね。“社会主義”というのは、国家が貧困の問題や格差の問題を解決するという考え方です。そこで重要なのは、国家というものに頼っていては、貧困の問題も格差の問題も人間の差別の問題も結局解決できないっていうのがマルクスの考え方の特徴だったということ。この映画は、そこをよく描いてます。

そうすると皆さん不思議に思いませんか?私は1960年生まれで、ソ連の崩壊が1991年、私はモスクワでそれを向かえた。1989年がベルリンの壁の崩壊ですから私よりも10歳くらい若い世代からかな、今の50歳以上の人達っていうのは、マルクスというと社会主義者じゃないか、そして社会主義っていうのは生産手段を国有化している、それで国家の力がもの凄く強くなって、平等はある程度維持されたかもしれないけれど、自由のない体制じゃないか、こういう風に受け止めるわけです。今まで作られたマルクスの映画もだいたいそういうものが多かった。ところがこの映画はそうじゃない。

マルクスとエンゲルスにできるだけ則して、そして今までプルードンなんていうのはナンセンスだと言われていた、あるいは後にイスラエルを建国する起源のシオニズムに傾いていくので、(モーゼス・)ヘスなんかは完全に無視されていたが、そういう人達をも描いた。本当にマルクスが考えたことは何だろうということに近づこうとしている映画なんです。それがこの映画『マルクス・エンゲルス』の特徴で、思想的に言うと反スターリン主義です。

『マルクス・エンゲルス』
原題:The Young Karl Marx

4月28日(土)より、岩波ホールほか全国順次公開

監督・脚本・製作:ラウル・ペック
製作:ニコラ・ブラン、レミ・グレレティ、ロベール・ゲディギャン
脚本:パスカル・ボニゼール
撮影:コーリャ・ブラント
編集:フレデリック・ブルース
音楽:アレクセイ・アイギ
出演:アウグスト・ディール、シュテファン・コナルスケ、ヴィッキー・クリープス、ハンナ・スティール、オリヴィエ・グルメ

(C) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

2017年/フランス・ドイツ・ベルギー/118分/スコープサイズ/カラー
配給:ハーク

『マルクス・エンゲルス』
オフィシャルサイト
http://www.hark3.com/marx/
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