OUTSIDE IN TOKYO
SUZUKI TAKUJI INTERVIEW

鈴木卓爾『楽隊のうさぎ』インタヴュー

3. 菊池さんとお会いして、吐きそうになるくらい目から鱗が落ちた

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OIT:音は全部同時に録音していますか?
鈴木卓爾:同時録音です。演奏している時でも、芝居をしている時でも、彼らの身体性と息づかいが映画に映る事が大事だったんですね。後期の撮影では、ストーリーを語るためというよりは、彼らの身体性がストーリーを引っ張って行くという流れになっていったんです。同時録音でやるというのは企画の最初の段階で決めていたことでした。あらかじめ録音されていた音を聴きながらでは充て振りになり、身体性が抑制されてしまう、そうやっていくことで生き生きとしたものが失われてしまうことは確かだけど、同時録音での作業がどんなに大変なものになるか分かってる?と、最初に磯田さんに言われました。越川さんも僕もわかっていなかったですね、そんなに大変なものなのかな?くらいに思っていたのですが・・・。

音楽や楽器の場面はすべて一から十まで、フレームに映り込む楽譜ひとつにしても、全部作らないといけなかったんですね。著作権の問題もあるし。楽器の出る場面に関しても必ず磯田さんは、その楽器はなぜそこにあるのか、という理由から入って考えていった。音楽映画を作ろうって、本当に軽い気持ちで始めちゃったもんだなと・・。映画って、何にもないところに、どこかから何かを借りてきたりするわけですね。楽器にしても、出演者のみんなが自分の楽器を持っていて、それを持ってきてくれるわけじゃない、どこからかお借りしなければいけない。そういったこと、ひとつひとつをやっていくと、吹奏楽部っていうひとつの世界を映画のために作るっていうのは、ちょっと常識的じゃなかったんですね。

OIT:常道を逸していたと。
鈴木卓爾:逸していますね。

OIT:音楽映画といいつつ、実は恋愛映画であったり、スポ根映画であったりしているのが、普通の日本映画だと思いますけど。『楽隊のうさぎ』はまさに音楽映画ですね。
鈴木卓爾:音楽それ自体が目的の映画です。と同時に、集団の映画になっています。集団の中で音を出すという作業、そのために相手がどんな音を出しているか、を聴かないと行けない。それから自分の音を出す、劇中にも森先生の台詞としてある言葉なのですが、それはこの映画の作り方にも重なっていきました。磯田さんがみんなと音楽の作業をしている時間が、劇中の森先生とみんなとのやりとりにどんどんシンクロして行った。とびとびの練習期間の時間のなかで、物語と映画の作り方が繋がりを持ち始めていきました。

OIT:その森先生ですが、あのプール越しのショットで、森先生の人物像が語られていましたが、そのシーンは後半に撮られたということですね?
鈴木卓爾:“鳥の歌”のところですね。あそこは磯田さんがはじめ台詞を書きました。実は、森先生っていうのがわからないと、大石さんも僕も困ってたんです。それで、磯田さんに音楽の事や、磯田さんが今回の映画の時間で感じている事やらを台本のかたちで出してもらったんです。森先生と磯田さんが重なって行く過程で、森先生が見えて行きました。普通は、こちら側から、こういう風にしたいとか、なりますよね。でもきっと、それをやってると、多分、スポ根とかになっちゃう、わかんないですけど。どこかで、獏としていたんでしょうね、音楽の具体の中から迫り上ってくるような実態を、みんなの吹奏楽部の時間から改めて取材をし、森先生も、生徒ひとりひとりについても台本への言葉やしぐさを見つけて行く作業をしていきました。

OIT:『私は猫ストーカー』と『ゲゲゲの女房』では、菊池(信之)さんが“音響”を手掛けていましたが、今回は“録音”として山本タカアキさんがクレジットされています。
鈴木卓爾:山本タカアキさんは、『SRサイタマのラッパー』シリーズとか松江哲明さんの『フラッシュバックメモリーズ3D』(12)などをやっていて、山本さんもどこかで、菊池信之さんの音に対する考え方と重なる部分がある若手の方なんですね。音楽の映画の響きの中で音響を捉えてきている、今回の映画制作の中では非常に頼もしい方でした。それで録音部、今回はタカアキさん一人なんですよ。マイクを浜松の大学生のボランティアスタッフに持ってもらったりとかして、スタッフはとても少人数でやっています。
吹奏楽部の部活中のシーンなんかでも、音楽室のみんなが楽器を吹いている練習の音を、よく聴いてると、フレームの外からさまざまな表情が場面ごとに意図的に構成されているのがわかります。僕は全然音楽わかんないんですけど、理由があるという感じがするんですね。

OIT:ノイズ的な音が入っているのではなくて、ノイズが音楽的に構成されているということなんですね。今までも鈴木監督の作品はノイズ的な音が印象的なわけですが。
鈴木卓爾:僕個人で言えば、それは菊池さんの影響なんですよ。菊池さんとお会いして、ちょっとね、吐きそうになるくらい目から鱗が落ちたんですね。最初に菊池さんとお会いした時にお話しした事でよく憶えている事があって、カメラが自動車に乗っているとする、その時、窓で仕切られている車内の音を拾うのが普通だけれども、もしかしたら、横断歩道の向こう側を歩く人の声がフッと入ってきたりする事があるかもしれない、そうすると視点というのは、車の中ではなく外へ導かれるものだよね、という話を聞いて、そんなこと考えたこともなかったなあ!と思って。映画の画面の、あるいは画面の外のキャラクターや時間を決定的に誘導しているのは音なんだな、と気付かされたんですね。それはちょっと凄い経験でした。


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