OUTSIDE IN TOKYO
SUZUKI TAKUJI INTERVIEW

鈴木卓爾の映画において、“異界”は日常と隣り合わせにある。『私は猫ストーカー』(09)は、路上の猫に導かれて、谷中、根津、千駄木といった日本映画の記憶と深く結びついた土地の路地の魅力的な顔とそこに住んでいるかもしれないこの世界に豊かさを齎す人々を存分に見せてくれる映画であったし、『ゲゲゲの女房』(10)においては、よりあからさまに、妖怪たちは人々に寄り添っていた。本作『楽隊のうさぎ』(13)でも、“うさぎ”は人々と同じ自然光の下に平等の扱いで登場し、主人公少年を“異界”へと導くだろう。その“異界”は、少年からみれば、まさしく“異界”としか思えないはずの、新しく未知な世界であるに違いないが、それなりに年端を重ねた“大人”たちからみれば、そういう未知のものごとに取り組み、自らの世界を広げてゆくことを“経験”や“成長”と呼ぶのかも知れない。しかし、そうした言葉で表現してしまうと、こぼれおちてしまいそうな瑞々しくもどかしい感情の全てをこの映画は掬い取ろうしている。

鈴木卓爾監督は、そうした繊細な試みを実現するために“音”を今までも活用してきた。『私は猫ストーカー』において、それは、街の“朝”の時間、“昼”の時間、“夕方”の時間を表現する街のノイズであったし、『ゲゲゲの女房』においてそれはゴーと慎ましやかに空気を揺らすホワイトノイズであっただろう。本作における“音”は、まさしく主題にまで迫り上った中学生の吹奏楽部が奏でる音楽であり、魚屋の軽トラックが流す吹奏楽の楽曲であるだろう。『楽隊のうさぎ』は、そうした“音楽映画”であると同時に、言葉の最も正しい意味での“教育映画”であることも強調しておかなければならない。多くの“部活”を扱った青春映画が、単なる娯楽恋愛映画や、“音楽”が主題であるはずなのに“スポ根”映画にすり替えられているこの国の貧しい音楽映画事情において、音楽そのものと拮抗し、子どもたちそのものと向き合い、教師が生徒に親密に語りかけ、親が子どもを慎ましやかに支える映画が誕生したことはほとんど奇跡のように思える。

1. 子供達みんなの息づかいを映画に映し込めるよう、
 映画へのアプローチそのものを探っていった

1  |  2  |  3  |  4  |  5



OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):まず始めに、中沢けいさんの原作小説「楽隊のうさぎ」との出会いについて教えて頂けますか?
鈴木卓爾:もともと、『ゲゲゲの女房』の脚本をやって頂いた大石(三知子)さんが「楽隊のうさぎ」を読んでいて、これで音楽映画をやれたらいいなあと仰っていたそうです。今回組んで3作目になるプロデューサーの越川道夫さんは、今回の映画の撮影の町・静岡県浜松市出身です。僕はその隣の磐田市の出身です。僕にとって浜松というと、天竜川を超え西に電車で行く都会のイメージなのですが、中学に入ってから、浜松に映画を見に行くようになりました。高校になると、浜松に8mm映画の自主映画集団がいて、2つ年上の(映画監督)平野勝之さんがまだ浜松に住んでいて活躍されていました。平野さんは、自分自身の身体性を活かした8mmフィルムを、ジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』(29)のようにカメラを扱って撮影していました。僕は、当初は、スピルバーグとかルーカスとか、娯楽映画ばかり見ていたのですが、高校に入って浜松の映画集団と知り合ってから、自分もアニメーションを作っていたという経緯もあって、仲間に入れてもらうことによって映画の世界が広がっていったんです。浜松は映画に向かって行く切っ掛けの街だったんです。今、浜松には、<シネマイーラ>というミニシアターが一軒だけ残っているのですが、そこの榎本(雅之)さんという人が今回の映画の発起人です。越川さんがプロデュースした熊切監督の『海炭市叙景』(10)は、函館を舞台にした佐藤泰志さんの小説を市民の人たちがこれを映画化したいという思いで立ち上げて、その興行的、作品的な結果がとても良かったものですから、浜松市の人達に参加してもらいながら、我々浜松ゆかりの人間もいるという形で、映画作りが出来ないかという話から始まったんです。浜松は、楽器メイカーさんが沢山あったり、吹奏楽が非常に盛んな街なんですね。ある高校が定期演奏会をやるってなると、市民ホールに千人くらいがパッと集まるという、生活のそばに音楽があるような。そういう意味では音楽の映画を、子どもたちと一緒に浜松で撮るという試みは面白いなあというのがあったんです。

それと、NHKで「さわやか3組」とか「中学生日記」という番組で子どもたちをモデルにしてシナリオを書くということをやっていた時期があって、その時に子どもたちって面白いって思ってた。大人になって社会性を獲得すると同時にあけすけさがなくなるじゃないですか、子どもたちにはそういう馴らされている感じがまだないんですよね。僕たちのような大人が脚本を書いたりする時に接するやり方は、学校の先生でもなければ家族でもなくて、独特な大人とのやり取りの時間になるので、非日常での響き合いが起きやすいんじゃないかなと感じていたんです。

OIT:今回の脚本を作る上で、子どもたちとのやりとりはどのようなプロセスで行なわれましたか?
鈴木卓爾:最初にまず台本を作ったんです。その台本というものは、『楽隊のうさぎ』という映画が設計されるために、ここはこうでなくてはならない、というものが厳密に書き込まれたものではなくて、おおよその目処としての台本に近い形のものを大石さんがはじめに書いてくれた。それで、どんな子たちが来ることになるかもわからないし、来た子たちがどのように楽器に接するかもわからないけれど、一度、まっさらな状態でオーディションしてみようと。結果としては、前期の撮影の後、後期の撮影が終わるまで、何度も何度も今の映画の形になっていくまで変化していったんですが、オーディションで出会った子どもたちで、吹奏楽部を作って行く上で、彼らを見続けて行くことで、見えて来るものに映画を合わせて行く変化でした。子供達みんなの息づかいが映画に映し込めるように、映画へのアプローチそのものを探っていくようなところがありました。

『楽隊のうさぎ』

12月14日(土)より 渋谷ユーロスペース、新宿武蔵野館、浜松シネマイーラ 他全国順次ロードショー


監督:鈴木卓爾 エグゼクティブプロデューサー:榎本雅之
プロデューサー:小林三四郎、財前健一郎、多井久晃
企画・プロデュース:越川道夫
原作:中沢けい
『楽隊のうさぎ』(新潮社刊)
脚本:大石三知子
撮影:戸田義久
美術:平井淳郎
編集:菊井貴繁
音楽監督:磯田健一郎
ヘアメイク:橋本申二
照明:山本浩資
特殊造形:百武朋
録音:山本タカアキ
助監督:松尾崇、張元香織
出演:川崎航星、宮崎将、山田真歩、寺十吾、小梅、徳井優、井浦新、鈴木砂羽、ニキ、鶴見紗綾、井手しあん、佐藤菜月、秋口響哉

© 2013『楽隊のうさぎ』製作委員会

日本/2013年/97分/カラー/HD作品/DCP5.1ch/16:9
配給:太秦、シネマ・シンジケート、浜松市民映画館シネマイーラ

『楽隊のうさぎ』
オフィシャルサイト
http://www.u-picc.com/gakutai/


『ゲゲゲの女房』レビュー
1  |  2  |  3  |  4  |  5