OUTSIDE IN TOKYO
TALA HADID INTERVIEW

タラ・ハディド『ハウス・イン・ザ・フィールズ』インタヴュー

4. 撮影に7年間を費やし、最後の方で“発見”をしました

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OIT:映画の中で彼女達がカメラを見ますよね、村の人達もそうですけど、視線の先には監督がいらっしゃったと思うので、村の人達と監督がすごくいい関係、特別な関係を築いていて、この映画が生まれてきたということが伝わってきます。具体的にもう一つ言及したいのですが、妹さんは弁護士になりたいという話をしていて、お姉さんは結婚してカサブランカへ行くという話になるわけですが、その結婚式が、盛大で非常に美しい結婚式でした。しかし、盛大な美しさの影で妹さんの将来は弁護士になりたいという夢が叶うかどうかは分からない、そこには、伝統的な社会と現代社会の鬩ぎ合いがあります。その鬩ぎ合いがこの作品のコアのように、盛大な美しさの中に影を落としています。それは彼女達と話をしていく中で自然に紡がれていったストーリーであるということでしょうか?

タラ・ハディド:そうですね、私は女性の地位というものがこのコミュニティの中でどういうものであるかということは初めから分かっていました。モロッコ社会の中で、“女性”は似たような地位にいるということは分かっていたのですが、女性の希望みたいなものを描こうという考えがあってこの村に入ったわけではないんです。実際に、そのコミュニティに住んでいく中でだんだんと見えてきたこと、そこで学んできたことがあります。女の子だけじゃなくて男の子も夢を持っているわけですよね、そういうものがあるということを徐々に学んでいったわけです。

そしてこのコミュニティは、そうした犠牲の上に成り立っています、全く個人主義的ではありません。みんなそれぞれ個人の夢というものはありますけど、その集団にみんな自分を委ねている、つまり夢を諦めなければいけない、それは女の子だけじゃなくて男の子もそうなんですね。そういう犠牲によってあの共同体が今まで生き延びてきた、夢を諦めて犠牲を払う、集団の為に犠牲を払っていく。彼らにとって自分の夢を叶える、個人的な夢を叶えるというのは不可能なことなんです。

伝統があまりにも強く存在しているので、そこを破るわけにはいかないんですね、これが都会だったら別だろうと思います。都会なら三世代後には違っているのだと思いますが、山間地帯ではそうはいかないのですね。それは私が撮影をしていて最後の方で発見したことです。というのは色々なことが隠れているわけです、あまりベラベラ喋らない人達ですから。アメリカでしたら皆が自分のことを喋りますけれども、彼らは色々なことを隠しているといいますか、はっきりは出しませんから、撮影に7年間を費やして、最後の方でこういうことがあると学ぶことができた、そのこと自体が私にとっては発見でした。

結婚式について言及して下さったので、それについて一言だけ付け加えますと、あの結婚式は、あの村だけではなくて、あの山間部のあらゆる村々の人が、一つの部族を超えて何百人も集まる、ものすごく大きなものです。そこで初めて私が滞在していた小さい村の人達だけではない、非常に多くの人々を見て、同時に、彼らから見られるという経験をしました。しかも、それは儀式を通しての経験でしたから、非常に緊張感があったのです。結婚式自体、2〜3日続く非常に強烈なものですので、私が彼らを見て、彼らも私を見る、その結婚式が行われている間はプライバシーも何もないという状態です。私にとっては、この結婚式を撮影すること自体が非常に強烈な体験でした。



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