OUTSIDE IN TOKYO
Todd Haynes INTERVIEW

『ベルベット・ゴールドマイン』(98)、『エデンより彼方に』(02)、『アイム・ノット・ゼア』(07)、『キャロル』(15)で知られるトッド・ヘインズ監督の新作『ワンダーストラック』が”児童映画”であると知った時は、少し虚を突かれた思いをしたが、実際に映画を見てみると、これは”由緒正しく、奇妙なトッド・ヘインズ映画”以外の何ものでもないという感想を抱く。

映画は、世界で初めて長編のトーキー映画『ジャズ・シンガー』が上映された1927年を舞台に、耳の聞こえない少女ローズ(ミリセント・シモンズ)が威圧的な父親の元から逃げ出し、憧れのサイレント映画女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)に会いに大都会ニューヨークを目指す<モノクロ映像部>と、『大統領の陰謀』『タクシードライバー』といったアメリカ映画の新しい潮流を担う映画がアカデミー賞にノミネートされた1977年を舞台に、母親(ミシェル・ウィリアムズ)を交通事故で亡くし、自らも落雷によって聴覚を失った少年ベン(オークス・フェグリー)が、まだ会ったことのない父親を探しにニューヨークを訪れる<カラー映像部>が、交互にカットバックされる実験的手法で、少年少女の冒険の旅を描いて行く。そして、この二つの50年の歳月を隔てた物語は、奇妙な形で邂逅を果たすだろう。

1927年のモノクロ映像部と1977年のカラー映像部が交互に語られるという実験的なスタイルに関わらず、映画はひとつの感情で貫かれている。それは、二人の子どもが”溝の中から星を見上げている”(オスカー・ワイルド)という外の世界、未知なる世界への”憧れ”の感情である。そして、その二人の感情にぴったりと寄り添ったカーター・バーウェルの美しい旋律がスタイルの違う映像を実質的にひとつの映画に繋ぎ止めている。また、今や”★”になってしまったデヴィッド・ボウイの名曲「スペース・オディティ」が、時空を超えて二人の子どもと私たち観客の存在を結びつけるインターフェイスとして機能している。こうした音楽の担う役割の大きさが、トッド・ヘインズ作品ならではの大きな特徴であることは今更指摘するまでもないことだろう。

そして、1988年の中編映画『Superstar: The Karen Carpenter Story 』で大胆に試みられたミニチュア模型を使った”人形劇”の手法が重要な場面で採用されており、見るものにクラフツマン・シップ全開の映画ならではの、豊かな映画の時間を堪能させてくれる。しかし、そうした手法ばかりが、本作を”由緒正しく、奇妙なトッド・ヘインズ映画”にしているわけではない。ベンもローズも耳が聞こえないという障害を抱えているが、二人はその障害に負けず、自らの人生を切り拓いて行く。傑作『キャロル』のロマンティシズムを担っていたのも、1950年代という時代における同性愛に対する偏見と無理解にあったが、”普通と少し違う”ことで生じる障害を克服し、自らの生きる道を自分らしくあり続けながら探求することほど、トッド・ヘインズ作品らしいと思える主題は他にない。

耳の聞こえない少女ローズを演じたミリセント・シモンズが、今後、聾唖女優としての地位を確立し、”彼女のために脚本を書いた”という作品が生まれ続けることを願いつつ、実験的手法に満ちた、”一風変わった”児童映画『ワンダーストラック』を携えて20年振りの来日を果たしたトッド・ヘインズ監督のインタヴューをお届けする。

1. ローズは、自分が身につけたスキルや興味を仕事にすることが出来るということの、
 美しいシンボルでもある

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Q:ニューヨークのパノラマの使い方が素晴らしいと思ったのですが、どのように着想されたのでしょうか?
トッド・ヘインズ:ふたりの子どもがニューヨークの街を走り回る、この映画の最終章に相応しいと思ったんだ。凄く美しいエンディングの可能性を感じたんだよね。大きな都市の中の小さな子どもたちという、そのサイズ感をこの映画では掘り下げたいと思っていたから、そのアイディアが結晶する可能性も感じたし、街全体がパノラマで広がっているというビジュアル自体も素晴らしいと思った。そして、ローズという少女は、自分が身につけたスキルや興味をひとつの仕事に出来るんだということの美しいシンボルでもある、聴覚障害者だから出来ないということではなく、彼女はこうして自分の仕事を見つけることが出来たということを示したかった。街を手中に収めるということが、自分自身のものにするということのメタファーとしても有効だと思ったんだ。

Q:ニューヨークという街に対する愛も詰まっていますね。
トッド・ヘインズ:その通りだね。作品自身が、ニューヨークという街への愛の詩のようなものだから。特にここで描かれている20年代と70年代というのは、全く違う意味でニューヨークにとって大きな意味のある時代なんだ。この二つの時代を並べて見るだけで、ニューヨークという街全体の歴史を感じられるような物語になっているし、この映画では“時間”というものが凄く大きなテーマになっているけれど、博物館、あるいは都市というものが、如何に流れて行く時間の中で保ち続けられるか、それは知識であったり、記憶であったりするようなもののことだ。例えば、この映画で言えば、あの隕石のような存在だね。あの二人の子どもが触る隕石は、それこそ究極の時間、時間の流れというものの象徴だと思う。何世紀も前にこの地上に到達したものに二人が触るということは、この物語が時間に触れている瞬間でもあるということなんだ。これはあの隕石とは別のイメージなんだけど(と言いながら、ヘインズ監督が持参した“イメージ・ブック”を開く)、、、

Q:おお〜!(一堂、どよめく)それ欲しいです!
トッド・ヘインズ:実は、5月にブラウン大学(アイビー・リーグの大学、ヘインズの母校)で僕の作品の展覧会があるんだ。その時にこうした“イメージ・ブック”の原本も展示するんだ。その後、著作権関係をクリアにして、ジャーナリスト向けに公開しようと思ってるんだけど、日本のジャーナリストは特に反応がいいので嬉しいよ!


『ワンダーストラック』
英題:WONDERSTRUCK

4月6日(金)より、角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

監督:トッド・ヘインズ
原作・脚本:ブライアン・セルズニック
エグゼクティヴ・プロデューサー・衣装デザイナー:サンディ・パウエル
撮影監督:エドワード・ラックマン
美術:マーク・フリードバーグ
作曲:カーター・バーウェル
出演:オークス・フェグリー、ミリセント・シモンズ、ジュリアン・ムーア、ジェデン・マイケル、コリー・マイケル・スミス、トム・ヌーナン、ミシェル・ウィリアムズ

Mary Cybulski(c)2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC

2017年/アメリカ/117分/カラー/5.1ch/シネマスコープ
配給:KADOKAWA

『ワンダーストラック』
オフィシャルサイト
http://wonderstruck-movie.jp
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