OUTSIDE IN TOKYO
Wang Bing INTERVIEW

見るからに生命の宿る気配が希薄なゴビ砂漠くんだりまで嬉々として出向いていき、その地にかつての収容所を模した”溝”を再現し、スタッフやキャストが寝泊まりをする仮住まいをキャメラアイが及ばない場所に建設、中国政府の許可を得ることなく、50年前に無念さの中で摩耗していった人々の過酷な生を劇映画として撮り上げる、そんな破格な行動力が、「撮影はスポーツだ」と語ったフレデリック・ワイズマンの言葉を増幅して想起させる、映画作家ワン・ビン(王兵)の長編劇映画第一作『無言歌』が日本で公開されたことをまずは祝福したい。

毛沢東が提唱した「百花斉放・百家争鳴」運動に鼓舞された知識人たちは、党の政策批判を含めて自由な発言行った、しかし、その政策は翌年には転換され、そうした発言を行った者は”右派分子”のレッテルを貼られ、政治犯として”労働改造”という名のもと、強制収容所に送り込まれた、という話は、ワン・ビン07年のドキュメンタリー映画『鳳鳴-中国の記憶』で鳳鳴(フォンミン)が愛する夫と彼女自身の身に起きた事実として、生々しく微に入り細に渡り語り尽くした通りだが、その収容所における”労働改造”の実態を描いたのが本作であると言って差し支えないだろう。

その原作となっているのが楊顕恵(ヤン・シエンホイ/ようけんけい)の小説『夾辺溝の記録』だが、藤井省三氏の論考「中国政治犯たちの収容所の記憶」(プレス資料収録)によると、その書が「小説」とされているのは、政治的配慮からのもので『夾辺溝の記録』で描かれている凄惨な描写は全く虚構ではないとのこと。つまり、パナヒの『これは映画ではない』の場合と同じような政治的弾圧の背景があって、「ドキュメンタリー」ではなく「小説」と銘打っているという事実自体が、現在もこの暗澹たる歴史について語ることが中国ではタブーであることを物語っている。 勿論、この『無言歌』自体、中国では公開されていない。

ワン・ビンはこの原作「小説」を題材として脚本を書き、その上で、生存者の証言を得るために、3年間に渡って中国中旅をして周り100人の生存者を探し出し、彼らからの証言を得て本作の脚本を完成させた。そのようにして、辛苦を嘗めた人々の記憶をスクリーンに立ち上がらせることに執心した本作からは、他のワン・ビン監督作品同様、観客のすぐ眼前の非常に近しい距離で全ての物事が起きているという感覚が強烈に呼び覚まされる。ワン・ビンの映画に限って必ずと言っていい程宿っている、この即物性は一体何なのだろうか!

ゴビ砂漠を吹きすさぶ砂嵐、その禍々しい爆音の中で緩慢な死を迎えていく人の姿は、やはり21世紀の傑作映画の1本と言うべきタル・ベーラの『ニーチェの馬』を想起しないでいることは難しい。しかし、まずはこの映画『無言歌』を観て頂き、このインタヴューを読んで頂ければ幸いである。さまざまな過酷な体験をくぐり抜けている人ほど、どこか鷹揚としたところがある、これはワン・ビン監督の映画と監督ご本人に共通して漂う魅力ではないだろうか。

1. 使命感を持って映画を撮りにいくわけではない

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):今回の特集上映で過去の作品もかなり上映されますけど、どのような感想をお持ちですか?
ワン・ビン(王兵):自分の過去の作品も全て一挙上映して頂くということで、こんな機会はいままでなかったので、とても幸せなことで有り難く思います。

OIT:ご自分がもう既にあまり観ていないっていう映画もありますか?
ワン・ビン:結構もう長いこと観ていない作品もあります。やっぱり毎日、目の前の仕事がありますから、それをこなしながら、その他諸々のことも処理しなければならなかったり、そうしたことがとても疲れるので、あまり観ない作品というのもあります。

OIT:いきなり最初からなんですけど、監督は映画作りは楽しいですか?
ワン・ビン:確かに体力的にはすごくきついですよね、とっても疲れるし、色んなプレッシャーも大きいんですけど、気持ちとしてはとても嬉しいです。自分がやりたかったこと、撮りたかった映画を撮っているという事実があるわけなので嬉しいです。

OIT:その中でも使命感の方が強いでしょうか?
ワン・ビン:特に使命感ということについては、あまり考えてはいません。普段はこうやって北京に住んでいて、自分がその時々にやりたいことっていうのを具体化していくだけなわけですよね、ですからあまり強力な使命感を持って撮りに行くとか、そういうことではないですね。あまり考えたことはないです。

OIT:そうなんですね。ちょっと個人的な思い込みもあるんですけど、意外でした。
ワン・ビン:あまりそういうものはなくて、自分が興味を持ったことから始めていくっていう映画の撮り方なので、生活している周囲の、例えば、事件とか人とか、誰かと出会ったとか、そういうことをきっかけに自分の心を打つような、とても興味を惹くようなことに出会った時に、じゃあこれを撮りに行こうかなという風に考えるだけです。

『無言歌』
英題:THE DITCH

12月17日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本:ワン・ビン
脚本:ヤン・シエンホイ
撮影:ルー・ション
編集:マリー=エレーヌ・ドゾ
出演:ルウ・イエ、シュー・ツェンツー、ヤン・ハオユー、リー・シャンニェン

2010年/香港、フランス、ベルギー/109分/カラー/HD/ドルビーSRD
配給:ムヴィオラ

© 2010 WIL PRODUCTIONS LES FILMS DE L'ETRANGER and ENTRE CHIEN ET LOUP

『無言歌』
オフィシャルサイト
http://mugonka.com/


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