OUTSIDE IN TOKYO
YANG IK-JUN INTERVIEW
コスタ=ガヴラス オン 西のエデン

2009年の第10回東京フィルメックス映画祭のプログラムで一枚のスチール写真に興味を引かれた。視線を合わすことなく立ち尽くすピンクのセーターを着た少し地味目な少女とやさぐれたチンピラ風の男。明らかに年齢の離れた2人。だがその写真にはすでに、恋愛とも信頼関係ともとれる微妙な空気が流れていた。その時は中国のジャ・ジャンクー監督の『プラットフォーム』に登場する旅芸人の若い主人公たちの“気分”に通じるものを感じ、その映画に何かある気がした。映画を見る前から会ってみたいと思っていた。そしていざ映画を見て、何かがあるという予感は的中したが、物語は想像とは大きく違うものだった。

家庭から愛を得ることなく育ったサンフンは、友人の下で借金の取り立てをするチンピラ同前の暮らしをしていた。取り立ての相手だろうが、仲間だろうが、一度怒りに火が着いた暴力を止めることができなかった。そして女子高生のヨニも母が家を出ていった後、酒に溺れる父の面倒を見ていた。学校では地味だが、勝ち気で生きる力に溢れながら、内に抱える寂しさは拭えなかった。そんな境遇の2人は、ヨニの兄が借金取りの弟子に入ることから交差し始める。最初から敵意をむき出しにする2人だが、いつしか互いの心の寂しさを理解し合うようになる。傷を舐め合う動物のように…。

一見すると、キム・ギドクの『悪い男』の暴力を思わせるが、第1作にして各国映画祭で賞賛(釜山映画祭でプレミアされ、ロッテルダム初め世界各国の映画祭で25の賞を受賞。2009年11月の東京フィルメックスでは最優秀映画賞、観客賞のダブル受賞を達成)されたヤン・イクチュンのこの映画は、人間の性というよりも、自分から望まない状況からもたらされた寂しさや苛立ちをふとしたきっかけで出会ってしまった2人の切ない物語が、その過剰な暴力故に際立つもの。

監督は、これまで韓国映画の俳優として活動してきた。そんな彼が製作、監督、脚本、主演、編集の5役をこなす形で、自らが育ってきた家庭環境の苛立ちをぶつけることで出来上がった。自伝的というよりも、内に抱えるものを全てぶつけたような映画は、自分の家を売ってでも完成にこぎ着けなければならないものだったのだろう。突然スポットライトを浴び始めた監督に、その喜び、戸惑い、そして作品の衝動について聞いてみた。

1. 映画の中で描かれた心の部分に0.01ミリの嘘もない

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OUTSIDE IN TOKYO:申し訳ないことに、ヤン・イクチュンさんのことも、作品についてもあまり知らなかったのですが、映画を拝見してとても強い衝撃を受け、すごい作品を撮ったなととても驚きました。
ヤン・イクチュン(以降Y):心配いりません!韓国の人でさえ知らないんですから(笑)。

──(笑)でもスチール写真を見ただけで何かあるなという予感はしたんです。
Y:(それは)“いいです(日本語で)”ね!

──この映画はそもそもどんなところから始まったのですか。最初に浮かんだのは画ですか、ストーリーですか?
Y:いくつかあったなと、いま聞かれて思ったのですが、そんないくつかのきっかけ以前に、やはりこの映画を撮る土台となったのは韓国であり、家族だった気がします。そこがまずスタートになったと思います。

──というと、それはどこから生まれたのですか?
Y:私はよく手帳に思いついたことを書き留めておくのですが、それをインターネットのホームページのようなところに日記のようなかたちで書いたりしていたこともあったんです。でも私が書く内容というのは、家族のことだったり、母のことだったりして、おそらくどこかに吐き出したいという思いがずっとあって、それがずっと外に出ようとしていたと思うんです。手帳に書く文句は、ほとんどが酒に酔って書くことが多いんですけど、では、なぜそんなに呑んで書いていたかと言うと、家族の中で生きてきて、つらい気持ちがかなりあったからだと思うんですね。自分が30代前半に差しかかかり、これまで人生を生きてきたわけですけど、何か宿題を残したままのような気がしていたのです。よく宿題検査が明日あるのにまだ終わっていない時の不安な気持ちってあるじゃないですか。自分もそんな感じで、ずっと生きてきて、そういうのが外に出てきたのかなという気がします。

──そこで、よく聞かれると思いますが、自伝的かどうかという点についてはいかがでしょうか。
Y:この映画のそもそものスタートは私自身であって、私が家族の中で感じていたこと、そんなもやもやした気持ち、わだかまりなど、そういうものからスタートして、それがソースとなっているのですが、それをそのまま映画にできるものでもないので、やはりフィクションを持ってきて、そこに重ねているわけです。話のきっかけは自分ですけど、ストーリーを他から持ってきてミックスしましたと答えていますね。もうひとつの答えは、この中で描かれた心の部分に0.01ミリの嘘もなかったこと。「100%、すべてが自分の本当の気持ちです」と言えます。

『息もできない』
英題:Breathless

シネマライズ他、公開中

監督・脚本:ヤン・イクチュン
編集:イ・ヨンジュン、ヤン・イクチュン
撮影:ユン・チョンホ
美術:ホン・ジ
録音:ヤン・ヒョンチョル
製作:ヤン・イクチュン
音楽:インビジブル・フィッシュ
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン

2008年/韓国映画/130分/1:1.85/ドルビーSR
提供:スターサンズ
配給:ビターズ・エンド、スターサンズ

『息もできない』
オフィシャルサイト
http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/
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