OUTSIDE IN TOKYO
Esmir Filho Interview

エズミール・フィーリョ『名前のない少年、脚のない少女』インタヴュー

2. コントロールすること自体は大事ではなかった。
 大事なのは共有することだ。話をして、対話をする。

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OIT:そうですね。確かに、とてもリアルに感じました。でも同時に、フィクションを扱ってもいるわけですよね。そのバランスはどう表現しようと思ったのですか?ドキュメンタリーを撮っているわけでもないし、完全に作っているわけでもない。実際にいる人たちと彼らの現実を使っているわけですよね。そのバランスについて教えてください。
EF:そうなんだ。おもしろいのは、脚本がフィクションであること。他の人が撮影すれば全く違うものになるはずだ。確実に、それは間違いない。脚本が完成した後、僕は自問自答してみた。彼らは誰なんだって。僕はその場にいたのに、脚本を書いている間も、この人たちは誰なんだって考えていた。それで(その町で)ティーンエイジャーたちを集めてワークショップを行い、400人を面接し、40人に絞っていった。その時点で僕は言ったんだ。僕は誰も選ばないから、自分たちで自らを選べばいいと。大事なのは真実味があるかどうかだから。彼らの目が何を訴えていたかだ。彼らの人生や体験が伝えてくれるものを。それぞれが登場人物と何かを共有しているのは分かっていた。彼らを理解できていることが。それは僕の説明があったからだけでなく、彼らの実体験から来ている。ところが、彼らは映画の仕事をしたことなどなかった。そういう風に進んでいった。だから、まず物語があって、彼らの実人生を借りて映画に持ち込むわけだから、それはとても近い関係だ。場面によっては、彼らは本気で泣いてしまう。本当にそう感じているから。母と息子の最後のシーンでもそうだ。2人の役者にとって、この撮影、この映画、この体験に別れを告げるように感じてしまい、全てがひとつに融合した。それは自然に起きてしまったことだから説明するのはむずかしいね。

OIT:コントロールしないようにしていたということですか?
EF:いや、それでも僕はカメラをコントロールしていたよ。見てもらえば分かると思うけど、僕のカメラはかなり意識的だ。つまり、カメラの目として。でも感情で大事なのはつながっている感覚。いま泣いて、こうして、ここで間を置いてとかは言わない。その代わり、たくさんのリハーサルをした。彼らの心に入り、そのシーンが何を伝えているのかを理解していた。たとえば、彼らに脚本は読ませていない。一度も彼らに脚本を渡さなかったし、明日のために52ページを読んで来るようにとかも言わなかった。まあ、本は読んでいるけどね。僕に興味があったのは、彼らが僕と共有してくれる感情だった。それは無意識だった。だからこそ、彼らも全てを捧げてくれた。もちろん、即興ではなかったんだ。明日は橋で撮るよ、という感じだった。すると彼らも分かったという感じで、翌日、橋に行き、彼らも何をすべきか分かっていた。彼らは映画に全てを出してくれたんだ。

OIT:それに地元出身の彼らはロケ地もよく知っていたわけですよね?
EF:そう。それに登場人物たちの体験も熟知していた。時々、彼らの方から、僕はこんなことは言わないと思うと指摘してきた。それがおもしろかった。へー、それなら、なんて言うのと聞くと、僕ならこう言うっていうんだ。それならこうやってみたらって僕も返した。それはとても大事なことだった。僕らは多くを共有していた。ここでさっきの質問への答えが見えた気がする。コントロールすること自体は大事ではなかった。大事なのは共有することだ。話をして、対話をする。もちろん、僕は監督として彼らをガイドする必要があった。だがそれよりも、僕が彼らのことに耳を傾ける必要があった。でないと、僕は彼らのいうことを聞かずに、こうして、ああしてと言うことになるから。大事なのは共有だ。だからこそういう映画として完結したんだと思う。

OIT:ところで、カメラの役割について話していましたが、あなたはカメラがどう機能すべきだと思っていますか?
EF:僕にとって、カメラは客観的なものだ。本や物語は主観的だ。本は登場人物のブログのようなものだ。“名前のない少年”のブログだ。つまり、ミスター・タンブリンマンのブログだね。彼は自分の頭に浮かんだことを全て書き込む。起こったこと全てを。それはとてもむずかしかった。だから本と話さなければならなかった。脚色するとかそういうのでなく。何ページか読み、この感情は僕に何を伝えるんだろうと考える。そして僕はその感情をスクリーンに落とし込もうとする。それをどう少年と呼応させるか。ナレーションもなく、説明的になることなく、どうそれを見せるか。だからそれを映像と音響で伝えようとした。そうして登場人物の意識に入り込めるように。それにはどうすればいい?そこにはいくつかの選択肢があった。シネマスコープも選択肢の内ではあった。映画は孤独について語っていて、孤独なら、映画のスクリーンほど孤独の映える場所はない。しかもシネマスコープほど孤独を感じる場所もない。余白が多いから。そんな感じでたくさん話し合った。撮影監督ともそうだ。絵作りのために一緒に本も読んだ。つまり、僕らを誘ってくれる脚本を。それは(冒頭のシーンで)少年がベッドから天井を見つめていようが関係ない。実際に映画にあったように。大事なのは、彼が何を考えていたか。彼が橋に向かうかどうかは大事ではなく、彼が何を思って橋に向かうのかということ。それは本の中でとてもよく描かれていた。だからたとえば、橋の前に、少年がどこかへ向かい、カメラがそれを追う。本の中では、橋へと引きつける強い力を感じる。行くべきか分からない。ただ何かに引っ張られる感じがする。だからそれを映像として捉えなければいけない。僕らはそういうことを話し合った。メリーゴーラウンドのシーンでも、本では、自分がこうして動いているにも拘らず、行き詰まっている気がする、ということが語られる。彼がどれだけその町に閉じ込められている気がするか。遊具が回る毎に、彼は一年歳をとる。本では、子供がいる自分、孫がいる自分が目に浮かぶ。そして僕はここにいて、この町を出ることができない。そんなことを一体どうすればいいんだって思ったよ。だから彼の感情を表すためにどうカメラを使えばいいかということを考える作業だった。それはカメラの視点だ。それが僕らのカメラの使い方だ。それはとても重要で的確だ。

OIT:ところで、あなたは28歳になったんですよね?少年たちと話し、議論するうえで理解できないところはあったのですか?何かギャップのようなものは?
EF:いや、特に。

OIT:人はたいてい昔のことは忘れてしまうものですよね。
EF:うん、その通りだと思う。でもなんとなく時間を遡れたよ。ある意味、僕が少年たちと話すのは、僕のスタッフと話す時とは違うから。おかげで思い出すことができるし、それはとても強い感情になった。僕は自分の故郷を離れたことがなかったから。なにしろサンパウロは大都会だから。僕はずっと都会に出てくる人をすごいと思っていた。最高だと思う。小さな町から来て、自らが育ったカルチャーを捨て、世界へ船出して、そんな小さな町の欠片を携えて、彼らには人に語るべき物語がある。僕はそれを尊敬していた。だから映画は僕の人生の中でそれを実践できるものだ。今まで出来なかったことだからね(笑)。僕は大都会の出身だから、わざわざ都会へ出たことなんてない。だからそこから離れてみるのはおもしろかった。僕には新しい体験で、時計の針を戻すことができた。もし小さな町に育っていたら、僕もあの少年のように感じるだろう。それに僕は彼のように感じたかった。だから少年とそのキャラクターに感情移入していたんだ。


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