OUTSIDE IN TOKYO
Nikolaus Geyrhalter INTERVIEW

ニコラス・ゲイハルター『眠れぬ夜の仕事図鑑』オフィシャル・インタビュー

3. 私たちが取り込まれているシステムは、非常に強力であると同時に極めてもろいものである

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Q:監督は、社会をその機能に制限して描いたり、生や死といった深刻な人間の関心事を監督なりの解釈でシステムを通じて描いたりしています。個性とか感情は意識的に除外されていますね。コミュニケーションも、訓練されたものとして描かれています。この映画は、孤独の対極にあるものに言及し、自発的な人間性を失ってしまった社会を描いているように思えます。
NG:もちろんそれはひとつの方針です。この映画では、人は常に生活の中の特定の側面をみるように強制されているということが前提になっています。グラーツでの初回上映の際の観客の中に、非常に腹を立てた人がいました。でもこの人は、映画に出て来た映像がことごとく彼の認識と食い違っているがゆえにヨーロッパに対して怒りを感じているのか、あるいは彼の持つヨーロッパのイメージを壊してしまった監督である私に対して怒りを感じているのか、自分でもはっきりわからないと言ったんです。これは、彼が自分で答えを出さなければならない問題です。この映画は、たったひとつの真実を主張するものではないし、ヨーロッパについての普遍的な真実を私が語る必要はありません。誰もが見なかったことにしておきたいと思っているけれど、しかし無視はできないような物事や側面があると思います。ヨーロッパというテーマを掲げたら、誰もがそれぞれ別の映画を作るでしょう。

Q:この映画では、統一ヨーロッパという思想を担う政治的な組織であるEU(欧州連合)が、バビロニアの言葉の混乱のように、コミュニケーションが不可能になり、本来あらゆる行動の基本となるべき共通言語が失われて、暗礁に乗り上げているように描かれています。相互理解が困難になっている状況を、共通の目標が決裂しつつある兆候だとみていますか?
NG:その解釈は、観客の方に委ねたいですね。でも、私たちが取り込まれているシステムが、非常に強力であると同時に極めてもろいものであるということは、ひとつの経験でもありました。最初に画像を出した後、ちゃんと稼働する前にエンストを起こしてしまう監視車両が出てきましたよね。大きなシステムが、また人間的になって、不完全にしか機能しなくなるきっかけは、ごく些細なことなんです。白黒がはっきりつけられることなどなく、すべてはいつもグレーなのです。

Q:EUの他に、もうひとつヨーロッパ文化の基本構造として、その使命に対しやはり根本的な質問を投げかけるカトリックの教会を取り上げていますね。
NG:ここでは、文化、伝統、歴史、権力が問題になっています。権力とはどのような力で現されるのか?権力はいかにしてその崩壊を回避しているのか?またそれが、公的な場での演出においてどのように反映されているのか?まさにこの瞬間をカメラにとらえることができたのは、偶然の賜物です。教皇がサン・ピエトロ広場でミサを執り行うような催しは、滅多にありません。世界中から集まって来た聖職者たちが質問するこの時間の間に、映画の中で指針となりうる、ある瞬間が生じたんです。撮影時に影響を及ぼすことはできないので、私たちはただ、そういったことが起きることを祈るしかありません。映画にふさわしい映像をもたらしてくれるようなことが起こらなかった、すばらしい撮影地は他にもたくさんありました。

Q:オーストリアで撮影されたシーンがほとんどありませんでした。特定の場所でなければ撮れないといった出来事以外のシーンでは、撮影地はどんな基準で選んだのでしょうか?
NG:サン・ピエトロ広場とか、オクトーバーフェスト、メリリャの国境のように、明らかに場所が特定できる場所は、はっきり区別しました。それ以外の場所については、撮影地がどこかは問題ではなく、他の場所でもよかったんです。自殺防止ホットラインをオランダで撮影したのは、他の国でも撮影申請はしたものの、許可が取れたのがここしかなかったからです。どんな画が撮りたいかがみえてくると、すぐにそれを調査チームに伝えて、各チームがあちこちへ探しに行きました。

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