2021年10月1日、イメージフォーラム・フェスティバル2021で行われたカール・ドライヤーの”聖なる映画”『裁かるゝジャンヌ』(1928)上映と石橋英子、ジム・オルークによるコンピュータ音源を用いたLIVE演奏は、コロナ禍下においてオンライン鑑賞が増えたとはいえ、私自身のそれなりの数に上る今年の映画体験の中でも最高のものだった。ルネ・ファルコネッティが演じるジャンヌ・ダルクの天上の”神”への想念が、物理的に上へ、上へと昇っていく、その不可視の情念が、石橋英子とジム・オルークが創り出した音響表現によって、リストアされたあまりにも美しい映像の効果も相まって、会場であるスパイラル・ホールの上方へと光の粒子と化して煌めきながら昇華していくさまが物理的に感じられるような奇跡的な上映だったのだ。
その上映後の興奮冷めやらぬ心持ちの中ですぐに想起されたのが、数年前にアンスティチュ・フランセの特集上映で見ていた『ジャネット』のことだった。ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』では、ファルコネッティのジャンヌ・ダルクは、ほとんどの場面で泣いている、実際はそんなことはないのだが、少なくとも印象としてはそうなのであり、あまりにも痛ましい。ところが、ブリュノ・デュモン版ジャンヌ・ダルクは、『ジャネット』にしても、『ジャンヌ』にしても、ほとんど泣かない。それどころか、幼少期(リーズ・ルプラ・プリュドム)と、そこから少し成長したジャネット(ジャンヌ・ヴォワザン)が描かれる『ジャネット』では、彼女は歌い、踊っているのであり、igorrrのエレクトロ・メタルとでも形容すべきサウンドと相まって、見るものに爽快なカタルシスすら感じさせる異形のミュージカル映画に仕上がっている。セリフはあくまでシャルル・ペギーの詩劇に基づいているというのは、ブリュノ・デュモン監督の主張だが、ここで達成される爽快感は、クエンティン・タランティーノが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)においてマーゴット・ロビーの汚れた素足をスクリーンのど真ん中に堂々と映し出し、彼女の奔放な生を祝福することで成就した、”シャロン・テート事件”、すなわち歴史的事実=現実への、虚構だからこそ成し得る映画的復讐と同種の21世紀的フェミニズムの顕然に違いない。
その破天荒なミュージカル映画『ジャネット』に続く、『ジャンヌ』では、イギリス軍に捕らえられ、異端審問にかけられるジャンヌ・ダルク(リーズ・ルプラ・プリュドム)の姿を描いているが、この作品においてもブリュノ・デュモンの演出は一貫している、すなわち、ジャンヌ・ダルクは全く以って屈しないのである。『ジャンヌ』におけるジャンヌは、『ジャネット』の時のように、生まれた土地の”善き土”を自らの素足で踏みしめ、奔放に踊ることは既に禁じられ、身体は拘束されているが、彼女の精神は、高等技術の詭弁を弄する知識人たちと拮抗しており、そこで交わされる議論は白熱し、見るものを惹きつけてやまない。哲学教師、ジャーナリストを経て、『ジーザスの日々』(1997)で監督デビューを果たして以来、約25年間もの間、カンヌ国際映画祭や世界の批評家たちから高い評価を受け続けているブリュノ・デュモン監督に、まずは、最新作『France』が、フンラスのカイエ・デュ・シネマ誌の年間ベスト10に選出されたことについての感想からお話を伺った。
1. 私自身は、忍耐強く、本当に淡々と自分の細い道を歩いてるという感じなのです |
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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):最新作『France』が、カイエ・デュ・シネマ誌の年間ベスト映画第5位に選ばれていましたけれども、こういう風に監督の作品が、批評家や映画祭などで高く評価され続けているということに関してどう思われていますか?
ブリュノ・デュモン:とてもくすぐったいような嬉しい気持ちですね。私自身は本当に淡々と着実に自分の細い道を歩いてるという感じなのです、やはりそこは忍耐というか、我慢強くその道を歩いている。そんな中で商業的なものであるとか、華やかな名声とか、そういうものを求めず、公明正大に自分のやるべきことをやっているわけですから、そういう映画をよく知っている人達に評価されるのはとても嬉しいことです。 OIT:監督はキャリアの最初期からとてもシリアスな映画作家として高い評価を受けてきて、今でも当然ながらシリアスな映画作家という評価は変わらないと思いますが、それに加えて、『プティ・カンカン』(2014)あたりからコミカルなものに接近する作風というのが見えるようになってきました。『ジャネット』と『ジャンヌ』に関してもそういう部分があると思うのですが、そのようにアプローチが変化していった理由というのは何かあるのですか?
ブリュノ・デュモン:それは哲学的な理由によるものです(笑)。私の考えでは、ドラマチックなもの、つまり悲劇的なものと喜劇的なものは表裏一体のようなところがあって、ちょっとした塩梅の違いで、ややもすればコミックの方に行く、そういうに風にとても近しいものなんです。そのアイディアに突如として火がついたのは『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』(2013)を撮っていた時のことです。『カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇』はとても悲劇的な題材ですけれども、女優のジュリエット・ビノシュと撮影中に本当に大笑いをしたり、悲劇的な状況なのに可笑しみがでるっていう体験をして、悲劇的なこととコミカルなことというのは、ちょっとしたレベルの違いに過ぎず、どちらかがちょっと配分が多くなったり、少なくなったりする、そういうことを交互に繰り返している関係性にあるということが解ったんです。仰るように『プティ・カンカン』の場合、シナリオ自体はとてもドラマチックで、悲劇的です、でも俳優達の演技がコミカルなんですね。悲劇的なものの中に同質のものを入れるのではなくて、少し異質なものを入れることによって可笑しみがでる、それが私自身がやろうとしていることなんです。
『ジャネット』リーズ・ルプラ・プリュドム
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『ジャネット』 英題:Jeannette, the childhood of Joan of Arc 監督・脚本:ブリュノ・デュモン 原作:シャルル・ペギー 撮影:ギヨーム・デフォンタン 音楽:Igorrr 振付:フィリップ・ドゥクフレ 出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ジャンヌ・ヴォワザン、リュシル・グーティエ ほか 2017年/112分/カラー/ビスタ/フランス語/フランス 配給:ユーロスペース 『ジャンヌ』 英題: Joan of Arc 監督・脚本:ブリュノ・デュモン 原作:シャルル・ペギー 撮影:デイビット・シャンビル 音楽:クリストフ 出演:リーズ・ルプラ・プリュドム、ファブリス・ルキーニ、クリストフ ほか 2019年/138分/カラー/ビスタ/フランス語/フランス 配給:ユーロスペース 12月11日(土)より東京・ユーロスペースほか全国で順次公開 『ジャネット』『ジャンヌ』 オフィシャルサイト https://jeannette-jeanne.com © 3B Productions |
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