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F. GARCIA × S. MIYAKE DIRECTORS TALK

『聖者の午後』フランシスコ・ガルシア×『Playback』三宅唱:監督対談

5. 最後のシーンは、あの音を入れたかった(フランシスコ・ガルシア)

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三宅唱:ペシミストであるという点から話を膨らませたいのですが、劇中でかれらがピストルを発見した瞬間、このあと物語次第ではかれが自殺をするのではないかと思いました。劇中のかれは自殺しませんでしたが、現実においては、ああいった日常を生きる人はときに自殺する例が少なくありませんよね。痛ましいことに日本では信じ難いほど多くの方が自殺を選択しています。デリケートな問題ですが、映画の中で自殺を描くことについて、つまりフィクションにおける自殺について、あるいは自殺そのものについて何か意見がありますか?
フランシスコ・ガルシア:面白い意見をありがとうございます。実はおっしゃる通りのエフェクトが欲しくてピストルが出てくるんです。やっぱり誰か死ぬんじゃないかって思うと思うんですけど、死なない。日本の自殺率についておっしゃったけど、ブラジルでもこの話を聞いていて、日本は世界で一番自殺率が高いんじゃないかって言われている、やっぱり現代社会において人はしょっちゅう責っ付かれてる、それから物事があまりにも早く進んでしまうのでそれに着いて行くのが大変だし、そういうことに常にさらされているので、不安である、落ち着きがない、そういうものを中に抱えていると思うんですね。そういう不安を抱えている人は、現実と接点をどんどん失っていってるんだと思うんです。つまり自分の頭の中が不安でいっぱいなので、外を見る余裕がなくなる。そして、どんどんバーチャルな世界に入っていってしまって、自分の中に閉じこもっていく、そういうプロセスにあるのかなと思うんです。それがあまりにも高じてくると人は自ら死んでしまうわけですけど、自殺については作品の中でも触れていて、売り買いしている薬が抗鬱剤なんですよ、抗鬱剤は今消費が増えていて、本当は処方箋がないと買えないんですけど、それを闇で売買している。でも自殺っていうのは自分にとってはあまりにも安易な解決法であり過ぎると思う。実際には生きる方が死ぬよりもずっと難しい、彼ら三人にとっては月曜日に朝起きて仕事に行くということの方が死ぬよりもずっと難しいと思うわけです。実は脚本を書く前にイタリア人がやってる舞台をサンパウロで見たんです。「二人の兄弟」っていう名前の舞台で、二人兄弟が同じ女の子に恋をするんですが、最終的には二人共絶望して死んでしまう。それで、見終わってからみんなで話したんですけど、あれはあまりにもラストが当たり前過ぎるし、安易過ぎるよねっていう話をしたんです。脚本家とも話をして、やっぱり最後は女の子のために兄弟が二人で肉でも焼いてやるのがいいよねって言って、その肉を焼く音からの連想で、映画の最後はあれにしようということで目玉焼きになってるんです、あの音を入れたかったんです。要するに、月曜日の朝と日曜日の夜も辛いですよね、次の日が月曜日だっていうんで、自殺する人が多いのは日曜日の夜だそうです。ブラジルは日曜日の夜になると、みんなが見るテレビ番組があって、それが延々流れるんですけど、それは本当に実存的な辛さがあって、やっぱり自殺が増えるのかなと。ですから拳銃を出したのは、起こりそうで実は最後まで起こらない、そういう演出の小道具ですね。

三宅唱:ありがとうございました、厄介な質問に答えてくれて。
フランシスコ・ガルシア:ありがとうございます。私の映画について本当に的確な質問をして頂いたことが凄く嬉しいし、どういう風にご覧になったのかが分かって、本当に嬉しく思いました。私の方からも幾つも聞きたいことがあります。今、日本の若い人達がインディーズの映画を作る上で、どういうシーンがあるのかを理解したいと思っています。三宅監督は自分より若いのにもう二本の長編を作っていて、僕もそうですけど監督だけじゃなくて、色々なことされていますよね。三宅監督は、そもそもどういう風に映画に携わることになったのですか?

三宅唱:僕自身は中学生のときにはじめてデジタルビデオカメラを手にしました。8mmフィルムでインディペンデントの映画を撮るという世代が生まれて以来、若い人間が自分達でカメラを手にして映画を作る流れが脈々と続いています。シーンとしては……そうですね、映画があまりにも増え過ぎているという問題があるくらい、多くの作り手がいます。その弊害はさておき、シーンとしてひとくくりに語ることができないくらいオリジナルのやり方で映画製作を継続している友人たちには刺激を受けます。
フランシスコ・ガルシア:ブラジルも同じです。いっぱい作る人がいて、悪い面としてはろくでもないものが大量に作られている。日本も同じような状況だろうということは想像していました。


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