OUTSIDE IN TOKYO
F. GARCIA × S. MIYAKE DIRECTORS TALK

ブラジルの新鋭フランシスコ・ガルシアと日本の若手映画作家の代表格三宅唱との骨太監督対談が実現した。

フランシスコ・ガルシア監督の『聖者の午後』は、あからさまにジム・ジャームッシュへの愛を隠さない、都市の映画である。この映画には、かつてスーザン・ソンタグが「ブラジルを欠いた世界ほどつまらない場所はない」と語ったところの“ブラジル”や、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトを輩出した音楽大国“ブラジル”の見る影もない。しかし、大都市サンパウロに暮らす3人の若者を描いた美しいモノクロ映像は、経済成長の陰で忘れられた若者の、全く以てやる気のない日常を淡々と映し出し、そのメランコリアと音楽センスの良さで現代における世界中の都市の現実と接続する。そして、徹頭徹尾“何も起きない”ことの呆気にとられるほどの“無為の楽天性”こそが、実は過激なまでに“ブラジル”的であるのかもしれないことに気付かされるのだ。一方、村上淳、渋川清彦、三浦誠己、河井青葉、汐見ゆかり、菅田俊、渡辺真起子といった商業映画と自主映画を行き来してきた素晴らしい俳優たちの生き生きとした表情、仕草、話し方、その佇まいを捉える映画的瞬間の連続と、豊かな運動が立ち上がる瞬間をモノクロームのフィルムに焼き付けた、『Playback』が日本国内で批評的成功を収めている三宅唱は、国際映画祭サーキットで高評価を受けたブラジルのアート・フィルムをどのように受け止めたのか。

来日してまず、『Playback』をユーロスペースの特設スクリーンで見たというフランシスコ・ガルシア監督は、『Playback』について沢山聞きたいことがある!と興奮気味に三宅監督との初対面を喜びながら、自作について大いに語ってくれた。部屋の外では『聖者の午後』的な雨が降りしきる中、予定時間を超過して二時間に渡った対談の通訳を務めて下さったのは、ブラジル音楽好きには大変馴染みの深い、あの国安真奈さんである。それぞれの映画観から現代文明論にまで及んだ、ブラジルと日本の俊英監督対談が、これを契機に日本と南米大陸の、更なる映画交流にまで発展していけば、これほど素晴らしいことはない。

1. 歴史的な瞬間における異邦人(フランシスコ・ガルシア)

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三宅唱:どのようにして映画の道を志すようになったのか、きっと職業選択として他の道もたくさんあったはずですが、映画を選んだ、その道のりを教えてください。
フランシスコ・ガルシア:自分の場合は結構早い時期に映画に興味を持つようになりました。父が大学の教授でシネフィルなのです。父の影響を通してアートフィルムに若い時からアイデンティファイするようになって、とりわけフランス、ドイツ、アメリカのインディーズに興味を持つようになったんです。要するにコマーシャルではない映画に凄く情熱を燃やすようになって、サンパウロの映画大学でアヴァンギャルドな作品を中心に勉強しました。人々が簡単に観にいって簡単に捨てるという、そういうものではないものに興味を持った。サンパウロは非常に大きな街なので、普通に映画館でアートフィルムが観ることができる街なんです。それで、2004年に最初の短編を35mmで撮りました。ちょうどその頃、ブラジルでは若い人達が優れた短編をたくさん撮り始めていて、自分もそのグループに入れてもらったという感じなんです。今回が最初の長編なんですけど、個人的に非常に思い入れのある撮りで撮ることが出来ました、いくら回収出来るかということを考えずにやりたいように撮ることができました。

三宅唱:劇中ではジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)やクラッシュの「ロンドン・コーリング」のポスターも映ったりしていて、日本の観客にもあなたと似た感性を持った人間は多いように思います。もちろんカルチャーの部分だけではなく、社会状況も似ています。経済エリートはどんどんお金が増え、貧困層は貧困のままであるというのは日本もブラジルも構造的には同様のようですね。そうした現実社会に立脚して映画をつくるときにどういった人物にフォーカスするかは重要ですが、『聖者の午後』では、二十歳未満の子供や青春時代を生きる人物でもなければ、四十歳以上の親世代でもなく、その中間の三十歳前後の人物が中心にいる。これは一般的にいって、ドラマになりにくい登場人物の年齢設定ですよね。いったいなぜそんなドラマになりにくい、どっちつかずであいまいな主人公の物語を選んだのか、お聞きしたいです。
フランシスコ・ガルシア:『ストレンジャー・ザン・パラダイス』とクラッシュのポスターですけど、今聞いて凄く嬉しくなりました。この映画は自分の周りの友達とサンパウロで作ったわけですけど、それを日本で皆さんにお見せ出来ること自体凄いことだと思っています。そこで今おっしゃって頂いたように日本で見た人が共感出来るものがそこにあるということを知って嬉しく思います。ブラジルというと非常にステレオタイプ的にサンバとかムラートとか、裸のカーニバルに出てくるお姉さん達とかを思い浮かべるんでしょうけれども、そうでないブラジルももちろんあるわけで、それを少し見せたいと思ったんです。サンパウロはサンバというよりはロックンロールの街なんです。

三宅唱:バンドが登場するシーンが実際にありましたよね。狭くて暗いライブハウスで。
フランシスコ・ガルシア:ロックンロールっていうのは音楽という意味だけではなくて、アンダーグラウンドな街であるという意味もあります。ですから、けばけばしく色が着いているのではない街を見せたかった。二つ目にお話し頂いたことについてコメントさせて頂くと、確かにそうなんです。ブラジルはルーラ大統領になってから非常に国中が沸き立つような経済的な状況があるのですが、やっぱりそれに対する一つのアンチテーゼを提案していきたいという気持ちがあって、それが作品に反映されています。要するにブラジルは経済成長を確かに遂げているし、まだそれが進行中で、これは事実なんですけれども、それと同時に全然まだ手つかずで取り残された、本当に基本的なところが何も出来ていないところがたくさんあるんです。ですからサブテキストとしてそれについての政治的な意見が行間に出てくるようにと考えて作っています。そこで描いているのは上流の人達の話でもなければ、最下層の人達の話でもなくて、この経済発展を遂げたことによって非常に膨らんできた中流階級というのものに焦点をあてています。自分は実は労働者党、今の与党の支持者なんですけれども、この映画を作った時、労働党を批判しようと思ったわけではないんです。ただ単に政権がああいう風になって、今こういう風になってきたと、そういう記述的なことをしたかった。その三十代ということについて言うと、おっしゃった通り、二十代でもなければ四十代でもないわけですね。私としては、自分の最初の長編だということで、自分の現実に登場人物を近づけていきたかった。三人出てきますけれども、彼らは一様に成熟する上での困難を抱えていて、歴史が進んで行くけれど、その歴史の軸からどんどん外れてしまっている。ブラジルの新聞の映画評では、歴史的な瞬間において彼らは異邦人である、という言い方をされたのですが、確かにその通りで、加えて、彼らは凄く無気力なのです。なぜそういう風に無気力になったかというと、彼らは80年代の始めの生まれで、自分も80年の生まれですけれども、ポストヒッピーであって、ポストパンクでもある、要するにパンクはもう彼らの時代には終わっちゃってるわけですね。90年代に入るとディストピアの世界ということになって、それをずっと生きてきた人間なんです。要はポストモダンの21世紀の始めに生きる彼らは、もう始めからこけちゃってるわけです、乗ってなければいけないはずの歴史的な路線から外れてしまっている、そういう存在として描こうと思ったのです。

『聖者の午後』
原題:CORES

3月29日(土)より渋谷ユーロスペースにて公開

監督:フランシスコ・ガルシア
脚本:フランシスコ・ガルシア、ガブリエウ・カンポス
出演:ペドロ・ジ・ピエトロ、シモーネ・イリエスク、アカウア・ソル、マリア・セリア・カマルゴ、ギジェルメ・レメ、トニコ・ペレイラ、グラーサ・ジョ・アンドラージ

© KinoosferaFilmes

2012年/ブラジル/96分/モノクロ/HDカム/ドルビーデジタル
配給:Action Inc

『聖者の午後』
オフィシャルサイト
http://www.action-peli.com/cores/



『Playback』

脚本・編集・監督:三宅唱
企画・プロデュース:佐伯真吾、松井宏、三宅唱
ラインプロデューサー:城内政芳
撮影:四宮秀俊
照明:秋山恵二郎、玉川直人
録音:川井崇満
助監督・整音:新垣一平
制作主任:伊達真人
メイク:南梨絵子
衣裳:影山祐子
監督助手:加藤綾香、山科圭太
撮影助手:星野洋行
スチール:鈴木淳哉
水戸撮影コーディネート:平島悠三
主題歌:“オールドタイム”大橋トリオ
出演:村上淳、渋川清彦、三浦誠己、河井青葉、山本浩司、テイ龍進、汐見ゆかり、小林ユウキチ、渡辺真起子、菅田俊、柴田貴哉、片方一予、足立智充、玉井英棋、川崎賢一、安亜希子、橋野純平、木村知貴

© 2012 Decade, Pigdom

日本/2012年/113分/1.85/B&W/Dolby SR/35mm
配給:PIGDOM

『Playback』
オフィシャルサイト
http://www.playback-movie.com/

三宅唱『Playback』インタヴュー
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