OUTSIDE IN TOKYO
VERENA PARAVEL & LUCIEN CASTAING-TAYLOR INTERVIEW

網を引き上げるウィンチの金属音、鉛のような波が激しく船体に打ち付ける音、暗闇の中、無言で飛沫に耐えながら漁という重労働に淡々と従事する男たち。ロカルノ映画祭で国際映画批評家連盟賞も受賞し話題となった『リヴァイアサン』は、方向さえ見失う波にのまれるように、感覚が麻痺する状態に放り込まれる。冒頭から根こそぎ奪い取るような網に囚われた海中の魚たちのもがき、そこに我先に突っ込むカモメたち、そして引き揚げられ、乱暴に甲板に放り出される魚とそれを海から盗み上げる男たちの姿で映画は始まる。魚たちが苦しそうにぱくぱくと口を広げるように、見ている者は一気にその渦中に突っ込まれ、自分も溺れそうな感覚に曝される。そこに細かい説明は何もない。狩られる者、狩る者、生き物を生み、また狩る者を阻むかのような海など、生命を奪う非情なメカニズムとその暴力的なループに巻き込まれる営みが淡々と描かれる。GO-PROという超小型カメラを使ったその目に迫る臨場感は、まさに感覚的な体験型映画として注目を集めている。それを撮ったのがヴェレナ・パラヴェルとルーシァン・キャステーヌ=テイラーのフランス人とイギリス人の2人。ハーバード大学で感覚民族誌学研究所という旗の下に映画作りを続けてきた。そんな2人が選んだのが漁業の街として知られるアメリカ東海岸のマサチューセッツ州のニューベッドフォード。

そこで触れなければならないのが、片脚を鯨に取られ、その狂気の如き復讐心に駆られたエイハブ船長と伝説の白鯨との死闘を描いたハーマン・メルヴィルの『白鯨』。寄せ集めの荒くれ者ご一行を乗せた船が出奔したのは捕鯨基地のナンタケットだったが、そもそもメルヴィル自身の船乗り体験として、南太平洋の遠洋航海へ乗り出したのがマサチューセッツ州のニューベッドフォードだった。捕鯨の街として長年栄えたその場所は現在も漁業の街としての面影を保っている。光の入らない怪しい酒場、うらぶれた木賃宿、船が着いた時のみ多少の活気を呈する桟橋など、漁業の隆盛と衰退と共に歩んできた歴史を象徴している。監督2人は、手法はドキュメンタリーでも易々とフィクションの領域を超える『リヴァイアサン』の舞台にそんなニューベッドフォードを選んだ。2人は今でも船が出ていくのを見ると、かつてメルヴィルが航海に乗り出した湾内の重々しいいかがわしさに投影できると言う。そんなリヴァイアサンとは、彼ら曰く怪物/海獣であり、旧約聖書に登場する1対の怪物の片割れレヴィアタン(もう一方はベヒモス)を指すものだ。そのイメージは鯨だったり竜だったり、古地図で船舶を海の渦に引きずり込む怪物と重ねられた。そしてイギリスの経済学者ホブスが著した『リヴァイアサン』でも国家が巨大なモンスター、リヴァイアサンを、コントロールのできない巨大なメカニズムに喩えている。

そんな“怪物”が一体どのようなかたちで描かれるのか。どの部分で何が、誰が“怪物”なのか。見る前はそんな疑問も脳裏を掠めたものだが、圧倒的なパワーに押し切られるように、彼らが漁師と共に同乗した苛烈な漁船体験を見る者は一気に体験させられる。その視点は乱暴に引き上げられた魚なのか、荒波に翻弄され、金属的な軋みを響かせる漁船なのか。それとも人間の欲求に従い、限度を考えずに暴力的に海を枯らす漁師なのか。いや、彼らに命令を下す会社や社会、またそれを糧とする消費者の欲求なのか。観客はそんな大きな“怪物”のまっただ中に放り込まれる。

そこで、これまで羊の放牧で山脈越えを促す伝統的な羊飼いの生活を描いた『SWEETGRASS』、ニューヨークの前シェイスタジアム近くの自動車修理工やスクラップ業者や食堂など行き場のない移民たちが棲息するクイーンズの街を描いた『FOREIGN PARTS』など、時代と共に消え行くものを描いてきたかのように映る2人に話を聞いてみた。

1. 日本で映画を2本撮る

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):『リヴァイサン』が完成したのは2012年ですが今も(2014年)も宣伝で回っているのですか?
ヴェレナ・パラヴェル(以降VP):これで最後よ。
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー(以降LCT):今は新作を撮ってるから。
VP:でも日本公開に向けて最後にがんばることにしたの。半年前に「いっそ『リヴァイサン』という怪物は殺して前進しよう」って話したんだけど、日本は私たちにとって特別な場所だから、それで今こうして来ているの(笑)。
OIT:来日は以前にも?
VP:2回だけ。日本で映画を2本撮ることになって。
OIT:撮影はこれからですか?
VP:1本は撮り終えて、2本目の準備をしているの。でも気をつけないと。次の映画に出て欲しい人がいるんだけど、その人が出てくれるか決まってないから。一週間後に会うんだけど、特別な人だからまだ名前は出せないの。
OIT:どんな映画ですか?
VP:次のはピンク映画のようなもので、いわゆる映画というより、美術館やギャラリー向きの作品。パリのある基金がアーティストや文化人類学者、映画作家やヴィジュアル・アーティストに依頼して福島をテーマに作るというもの。複雑すぎて簡単にやるとも言えないし、福島を扱った映画もたくさんあって、今さら2人のイギリス人とフランス人に何が言えるとも思ったけど…。
LCT:でもほぼ完成だ。
OIT:2人は他の人と仕事する時もありますよね?
VP:ええ。でも一緒に仕事のしやすいアーティスティックなパートナーに出逢うのは稀なことだし、今後はどちらかが死ぬか、どちらかの車椅子を押すか、互いが嫌いになる日までは一緒に作ろうって決めたの。2人ならいいバランスで仕事ができるから可能な限り続けたいの。

『リヴァイアサン』
原題:Leviathan

8月23日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

監督・撮影・編集・製作:ヴェレナ・パラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー

© Arrete Ton Cinema 2012

アメリカ、フランス、イギリス/2012年/87分/1.85:1/DCP/ Dolby 5.1
配給:東風

『リヴァイアサン』
オフィシャルサイト
http://www.leviathan-movie.com
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