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3. 子どもたちに掛ける言葉はすごく選んでます。適当には発言出来ないです |
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OIT:ここからは、作品の中身について、具体的に聞かせてください。『満月』は冒頭、5分弱の長回しのショットから始まります。これは脚本の段階から、冒頭は長回しでいこう、とか決めていたのですか?
塚田万理奈:いえ、脚本の段階では画は考えてないです。カメラマンと一緒に撮影プランを考える時に決めたんですけど、私は、子どもたちはあまり同じ演技を繰り返すことは出来ないと思っているので、極力、本人たちに何回もやらせないっていうことを希望していました。それと、基本的に長回しは好きです。どんな映画においても。ですので、シーンに合っていれば、長回しで撮りたいとは思っていました。
OIT:満月が、夜、自分の部屋で小説を書いている場面があって、次のショットで彼女は同じ部屋でもうベッドに寝ている。そして、まだ夜中ですけど、起き上がって、外に出ていくというシークエンスがありますよね。その小説を書いている場面の後、実際にはカットが入って、ベッドで寝ている場面に繋がるわけですが、そのカットの部分がカメラが同ポジなので、いつの間にか、満月が寝ているという流れになっていて、ちょっと面白いなと思ったんです。この場面は撮影現場でそのように繋ごうということを考えたわけですか?
塚田万理奈:そこは特にこだわりがあったわけではないんですけど、私は、必要がなければ、特に画を変える必要はないと思っているので、時間が経過するだけのことなので、カメラ位置を変える必要はないなと思っていました。
OIT:私は、この場面はちょっと面白いと思ったんです。映画って、何を撮るかよりも、どう撮るかの方が重要だと思っているところがあって、そういう意味で実験をしながら撮っているのかなと思ったんです。例えば、『満月』の最後の方の場面なんですけど、満月が踊り出すと、満月が聴いている音楽ではなくて、満月がその日に人から投げ掛けられた言葉や会話の数々が彼女に一斉に押し寄せるかのように流れていくわけですね。この場面は、脚本の段階からこのような作りをイメージしていたのですか?
塚田万理奈:脚本の段階では、ただ“踊る”ってことだけだったと思います。その踊るのを何で踊ろうかって考えた時に、満月は音楽が好きでよく聴いてるんですけど、その満月が聴いている音楽は、満月にとってすごく大事ですけど、観客にとっては満月の世界が大事なんだと思うんです。なので、満月にとって大事なものを観客に聴かせるのはちょっと違うかなと思ったんです。それで、満月が聴いている音楽を観客に聴かせるのはやめました。満月が彼女の世界の中で踊っているというのを出したかったので、満月の世界を表すのに撮影現場で撮れた音たちで構成しようと思ったんです。
OIT:満月は音楽を聴きながら踊ってるんですけど、満月的には、その日に聞いた言葉でちょっと心に引っかかっていたり、自分的に嫌な感じをひきづっていたりしたのが、彼女の中に言葉として残っていて、それが彼女に押し寄せている、という感じなのかなと思って、私は見たんですけど。
塚田万理奈:まさに、その通りです。満月の世界の音を使おうと思っていましたので、満月が違和感を感じる言葉とか、嬉しかったこととか、あの子と話したあの時間は良かったなとか、満月の心の中に残っている会話たちを抜粋したという感じです。
OIT:子どもたちの世界って、とても繊細で壊れやすい、脆いところがありますよね。彼女たちの何気なく過ぎていく日常の中でも、そういう部分をこの映画は上手く掬い上げているなと思います。
塚田万理奈:それは、『刻-TOKI-』を撮っている時も、『満月』や『世界』を撮っている時も、子どもたちがコミュニケーションを取っている時に、常々感じていることなんです。言い方はあまり良くないかもしれないんですけど、子どもたちと接するのはすごく疲れるんですよ。子どもたちの話を聞いていて、すごく楽しいんですけど、大人同士だったら、話をしている時に、ちょっと目を逸らしたりしても左程気にしないと思うんですけど、子どもたちの場合は、一瞬でも目を逸らしたりすると、続きを話してくれなかったりする。子どもたちに掛ける言葉にしても、あの子たちがそれを許せるかどうかによっては、シャットアウトされてしまう瞬間もあると思ってるので、掛ける言葉もすごく選んでます。適当には発言出来ないです。子どもたちはそれくらい繊細だと思っています。
OIT:一般の社会、世の中は繊細ではないんですけどね。
塚田万理奈:そうですね。子どもたちの繊細さに皆がずっと付き合ってくれるわけではないんですよね。社会は大人が考えて回していますけど、子どもはそのペースだったり、そのやり取りでは回せないところがあるので、それは子どもたちのペースではやりきれない社会なんだなとは思います。
OIT:だからこそ、映画にする価値があるということですね。
塚田万理奈:そうですね、そう思います。
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