OUTSIDE IN TOKYO
LECTURE

エミリー・コキー「ジャン・エプシュタインについてのレクチャー」

@アンスティチュ・フランセ東京 2015年3月7日

1921年のジャン・エプシュタイン ©DR
講演採録:OUTSIDE IN TOKYO
同時通訳:福崎裕子 菊地歌子 (採録監修:福崎裕子)
写真・図版提供:シネマテーク・フランセーズ

荒れ狂う音に”悪魔”が宿っていると少女が怖れを抱く、凄まじい風と海を見事に捉えた”映画的自然”が神々しいまでの『テンペスト』(47)をスクリーンで見たのは、今年(2015年)の2月6日、エスパス・イマージュでのことだった。まだ新年が始まって1ヶ月しか経っていなかったにも関わらず、”今年最も衝撃を受けた映画”などと興奮して呟いていたことが”遠い昔のように”想い出される。”遠い昔のように”と言わざるをえないのは、その後、幾つもの知覚を揺さぶられる映画と出会ってしまったからだ。それは、クリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』であり、アレクセイ・ゲルマンの『神々のたそがれ』であったかもしれない。そして、『テンペスト』上映の約1ヶ月後に、シネマテーク・フランセーズより、エミリー・コキー女史が来日し、ジャン・エプシュタインについてのレクチャーが行われた。その後も、マリオ・マルトーネ『レオパルディ』、オリヴィエ・アサイヤス『アクトレス ~女たちの舞台~』、リサンドロ・アロンソ『約束の地』、黒沢清『岸辺の旅』といった途方もない作品と出会う度に、映画という芸術の底知れなさに呆気にとられるばかりだったが、今年の2月以来、「ジャン・エプシュタイン」の名前が、私の脳裏から去ることはついぞなかった。ここに、その、知られざる巨匠ジャン・エプシュタインについて語られた、エミリー・コキー女史のレクチャーの採録を掲載する。
(上原輝樹)

1. 動作は美しいものでありうるが、そこから漏れ出す思考の芽の方が重要だ

1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8  |  9

アニエスb/ポチョムキン出版の協力によって昨年作られたDVDボックスには、ジャン・エプシュタインの14本の長・短編作品と一冊の本が収められ、エプシュタインのキャリア全体を辿るものになっています。シネマテーク・フランセーズは、去年、このDVDを出版し、レトロスペクティブを開催することで、エプシュタインへオマージュを捧げました。今回はエプシュタインについて語ることを望んだブリュノ・デュモン、アンスティチュ・フランセの方々と坂本安美さん、そしてカイエ・ドゥ・シネマの友人たちのおかげで、本特集上映が実現しました。あらためて気づきましたが、ジャン・エプシュタインの名前はいつも皆の頭の中にあり、フランスの映画の学生や研究者にとっては指導者であり続けています。重要な革新的映画作家であるのに、あまり広くは知られていないエプシュタインを、今日は詳しくご紹介したいと思います。

最初にジャン・エプシュタインの言葉の引用から始めたいと思います。この引用は、ジャン・エプシュタインの死後、1959年に新聞に再掲載されたものですが、書かれたのは1923年でした。多くの批評家や、映画史家、映画作家たちは、ジャン・エプシュタインがどれほど重要かということに、1953年の彼の死後に、気づいたのです。

「物語も、衛生も、教育もなしに、驚異の映画(cinema-merveille)はひとかけら、ひとかけらと、人間を語る。それだけだ。他のすべては気にしなくていい。動作は美しいものでありうるが、そこから漏れ出す思考の芽の方が重要だ。映画はこっそりとレントゲン写真を撮り、我々を核にいたるまで剥いていく。演じることは生きることではない、存在しなければならない。真の群衆のうねりの中では、すべてが泡立ち、動き回り、パチパチ音を立て、溢れ、芽生え、脱皮し、皮を剥ぎ、飛び出す。それはポエムだ。」

DVDボックスのパッケージ ©DR

私たちがポチョムキン出版から出したDVDに少し触れます。この中の5本が修復した作品です。ジャン・エプシュタインの作品に関しては、シネマテークは、彼の作品を広く普及させるために、最初期から修復を行ってきました。そもそもジャン・エプシュタインとシネマテークは歴史的に深い関係にあり、フィルムだけでなく、彼のキャリアに関わる個人的なアーカイブもすべてシネマテークが所蔵しています。日本にある『アッシャー家の末裔』のフィルムは無伴奏ですが、このDVDボックスでは、デジタル修復版に新たに音楽伴奏を入れました。ニール・ブランド、ステファン・オルヌ、ガブリエル・ティボドー、フランス八重奏団(*1)によるものと、より現代的な音楽、メゾン・キツネやヨアキム(*2)も入っています。またビヴァ・パッチー、エリック・トゥヴネル、クリストフ・ヴァル・ロマナ(*3)といった新しい気鋭の研究者たちのインタヴュー、そしてブリュノ・デュモンのインタヴューも収録されています。かなりの量のポートフォリオ入りの小冊子もつき、DVDボックスとしてはほぼ完全なものです。

また、アメリカのジェイムス・シュナイダーという監督に、ドキュメンタリー作品を作ってもらいました。2010年にシネマテーク・フランセーズが彼を受け入れ、所蔵作品とアーカイブを自由に使ってもらったのです。最初はブルターニュで撮られた作品に限定する予定でしたが、結局はジャン・エプシュタインのキャリア全てを取り扱うものとなりました。ジェイムス・シュナイダーは助成金を得て、ブリュターニュの撮影現場に行きました。そして、ジャン・エプシュタインがブルターニュで行った実験の再構成を試みました。つまり、ブルターニュでの撮影に実際に参加した人たちにインタヴューをしたのです。ブルターニュの作品の特徴は、島の住人たちが出演していることです。プロの俳優は使われていません。本当に私たちと同じような普通の人たちです。その人たちに対して、エプシュタインは自分たちの実際の物語を演じてほしいと頼み、撮影をしたのです。島の住人たちを使った訳ですから、特別な撮影条件でした。シュナイダーは30年後に、再び撮影現場を訪れたのです。彼のしたことは、例えば、『プティ・カンカン』(14)の撮影現場に30年後に戻って、ブリュノ・デュモンのアマチュアの俳優たちに会うようなものです。このドキュメンタリーもDVDボックスにおさめられています。私たちにとって、こうしてエプシュタインに関する現代の映画作家のドキュメンタリーを入れることは重要であると思われたからです。つまり、現代の映画作家が、50年前に亡くなった映画作家に投げかける眼差しです。このドキュメンタリーは、特にアーカイブの取り扱いという点で実にすぐれた作品となっています。ジェイムス・シュナイダーは、ジャン・エプシュタインの著作と映画を、本当に自分のものにして、このドキュメンタリーを作っています。独特なやり方で、エプシュタインの映像をファウンド・フッテージのように取り扱っています。

ジェイムス・シュナイダー(Young Oceans of cinema)の3コマと『テンペスト』の1コマ ©DR


第18回カイエ・デュ・シネマ週間



























































*1 Neil Brand, Stephen Horne, Gabriel Thibaudeau,l'Octuor de France

*2 Maison Kitsune, Joakim 両方ともエレクトロ音楽のミュージシャン

*3 Viva Paci, Eric Thouvenel, Christophe Wall Romana
1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8  |  9