OUTSIDE IN TOKYO
Adan Jodorowsky INTERVIEW

アダン・ホドロフスキー『エンドレス・ポエトリー』インタヴュー

5. 完璧なトランス状態に入っていましたので、どうやって演技したのかも全然憶えていない

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OIT:なんと、そういうことだったのですか(笑)、最初は付けていなかったのですね。
アダン・ホドロフスキー:そうなんです。『リアリティのダンス』の時に、みんな目があっちこっちに向いていたので、ポストプロダクションで目の向きを全部変えなければいけなかったんです。今回は、そのようなことがないようにエキストラには全員マスクを付けさせたわけですが、それが丁度、内心はどう思っているかわからないけれども、みんな仮面を被って生きているような表現で、人間の狂気のメタファーとして機能しているので、結果的に幸いしましたね。

OIT:アダンさんは、この映画で主演を務め、音楽も作られたわけですが、今、客観的にこの映画を見て感想を持つことはできるものですか?
アダン・ホドロフスキー:そうですね、自分としては仰られたように主演も務め、音楽も作って、2ヶ月間位現場にずっといて、もう4万回位様々なシーンを繰り返し見ているので、本当に客観的に見れるものかどうかと思ったのですが、一番最初に友人たちを集めて内覧試写をやった時に、この映画を見て凄く好きだと思いました。というのも、この映画には、愛も青春も友情も怒りも詩もありますが、とりわけ、台詞が詩的であるというところが、こんな映画は見たことがないと思ったのです。映画の質の高さへのこだわりは常にあるものですが、撮影やロケの現場でひとつの枠は決めるけれども、動きや表情は即興で演じる、その時は何も考えないで自由に演じる、その場で演技は開かれていて、人にどう見られようが気にしない、という演出をする監督というのはとても少ないと思いますね。

OIT:今回の映画の中ではお父さんとの共演シーンが2カ所あったと思います。台詞も素晴らしくて感動的なシーンでしたが、演じていて、何か特別な感情が湧くということはありましたか?
アダン・ホドロフスキー:父親はずっと監督として現場にいましたので、その監督がそこにいようが、ここにいようがあまり関係ない(笑)ということはあるのですが、自分はその時、完璧なトランス状態に入っていましたので、どうやって演技したのかも全然憶えていないんです。自分であって自分でないという、凄く不思議な状態でした。映画を後で見て、ああ、こういう風に自分はやったんだと思うわけですが、その時自分がどうやったかは、全然憶えていないんです。

OIT:そのシーンだけトランス状態だったのか、あるいは、多くのシーンでそういう状態だったのでしょうか?
アダン・ホドロフスキー:全部です!毎日朝4時半に起きて、一日中ずっと父親と一緒で、夕食も一緒に食べて、ホテルの部屋に帰ったら次の日の撮影の打ち合わせをするという日々が毎日続いていたので、ほとんど父親に取り憑かれていた、自分であって自分でない状態にあったのです。

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