OUTSIDE IN TOKYO
AOYAMA SHINJI INTERVIEW

日本を代表する映画作家、青山真治監督の新作『共喰い』がいよいよ公開される。言わずと知れた、小説家田中慎弥の芥川賞受賞作品「共喰い」の映画化である。脚本を、これまた、日本を代表する脚本家、荒井晴彦(『赫い髪の女』(79)、『遠雷』(81)、『時代屋の女房』(83)、『Wの悲劇』(84)、『大鹿村騒動記』(11))が手掛けている。はっきり言って、この陣容で作品がイマイチだったら、日本映画は本当に終わったと言われても仕方がない、そういう有形無形のプレッシャーと、この映画の作り手たちは闘っていたに違いない。

小説「共喰い」は、ビジュアルに描き込まれた完成度の高い作品である。日本の風土に強く根ざしながら、神話的な磁力を発している「川辺」という土地では、夏の暑さで淀んだ空気が全てを重苦しく支配し、小動物から人間まで、暴力への衝動を孕む鈍重な感覚が行き渡っている。その地で、暴力的なセックスによって快楽を得る、哀しくも陳腐で怪物的な父親の円(まどか)と、その呪われた血が自分にも流れているのではないかと恐れる息子の遠馬(とうま)、そして、その二人を巡る三人の女性たち(仁子さん、琴子、千種)を描く、強力な個性を持った原作を、脚本の荒井晴彦、青山真治監督のコンビが、どのように乗り越えてゆくのか。

映画は、前半から中盤まで、ほとんど原作のリズムと同じようなテンポで展開していくが、終盤にかけて、映画ならではの発明が施されている。個人的に、原作を読んでグッときた箇所がある。それは、川から溢れ出た水が川辺の町を覆い尽くす中、遠馬が父を探しに出るクライマックス、 「時間を遡って父と仁子さんを探している気がした。誰も誰かを殴ったりせず、三人できちんと暮らした年月がどこかにあったかのようだった。」という部分だが、映画『共喰い』は、この部分を台詞やシーンとしては描写せず、遠馬の”まだ汚れていない起源”への希望を、映画オリジナルのエンディングとして再創造している。

遠馬は父の過去を遡り、暴力を振るうようになる前の父を探す、それがすなわち、現在の遠馬、自分であるということ。それ故にナレーションの声の主は、大人に成長した遠馬=光石研でなければならなかっただろう。このイメージが循環が脳内で像を結ぶ時、 映画『共喰い』は、”映画”ならではの方法で、原作小説を超えて、新たな創造をしたに違いないという確信を見るものに与えるだろう。 そして、小説に出てきた小動物たちの姿を律儀に捉え、スクリーンに再現した画の数々を背景に流れる、「帰れソレントへ」の情感豊かなギターの音が響くとき、この映画の湛える”優しさ”とか、”人間性”としか表現しようのない美徳が、劇場の空気を揺らすに違いない。

1. 周囲数百メートルの中に全部ある、ここでやろうっていう場所がばっちり見つかった

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):原作小説を先に読んで、どういう風に映画化されているのか、凄く楽しみに拝見させて頂きました。田中慎弥さんの小説が志賀直哉的というか、小動物と人間の目線が近いといいますか、そういうところも含めて映画はどういう風に作っていくのかなと思って拝見したわけですが、やはり、終盤の映画オリジナルの部分に驚かされました。そして、二回目に拝見した時は全く違う印象でした。エンディングを知っているので、やはり戦後日本の普通の人々の戦争との向き合い方というか、果たされなかった戦争責任との向き合い方というか、そういう“戦後”に対するケリを付ける、それに正面から向き合うという感じを強く受けました。
青山真治:まあ一つの、一人の個人のケリの付け方ということはあるでしょうね。

OIT:まず最初にお聞きしたいのは、撮影に入る前にシナリオ・ハンティングを脚本の荒井晴彦さんと一緒に行ったということですが、いつ位に、どのような感じで行なわれたのですか?
青山真治:4月だったか、5月だったかなぁ、春でしたね。とにかく下関に行ってみようと、田中さんが生まれ育った所をちょっと見る、僕も(関門)海峡挟んで真向かいの(門司)出身なんで、だいたい分かってるんだけど、一回ちょっと見直してみようっていうことで、全部ばーって粗方見直したんですね。昭和の話だから24年たってるし、違うと言えば違うんですが、あまりに小説の世界と違い過ぎてね、小説の中に書かれてるものはここには一切無いだろうっていう。これは何ですかね、政治的な問題なんでしょうね、やっぱり現総理のお膝元なだけあって、非常に街がコンクリート化してるってことですね。

OIT:開発されてると。
青山真治:開発され尽くしてる。建物も建ってるし、一見賑やかなんですけど、実は街に人は殆どいない。賑やかに建物だけが建っている。だから古い建物は新しい建物の間にちょっと見えてるぐらいで、原作に出てくる自然とか川とかは一切無いんです。

OIT:もう無いんですね。
青山真治:無いです。裏側っていうか、つまり海峡の逆側に行けば多少は残ってるんですけど、そこもやっぱり電気屋さんがあったり、パチンコ屋さんがあったり、原作にある自然みたいなのは残って無いですね。それで、弱ったね、どうしようかって、そうすると荒井さんがお前のとこどうなんだよって言うから、うちの北九州の方へ行ってみますかって言って、海峡と逆側の東側の方に、海峡側には無いこと分かってたんで、逆側行ってみようって言って、行ったらばっちりの場所があったんですね。だから周囲数百メートルの中に河口も魚屋も古い街も橋も神社も全部ある、ここでやろうっていう、ここがいいやっていう場所がばっちり見つかっちゃった。

『共喰い』

9月7日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

監督:青山真治
原作:田中慎弥『共喰い』(集英社刊)
脚本:荒井晴彦
プロデューサー:甲斐真樹
アソシエイトプロデューサー:佐藤公美
撮影:今井孝博
照明:松本憲人
音響:菊池信之
美術:清水剛
音楽:山田勲生、青山真治
編集:田巻源太
装飾:秋田谷宣博
ヘアメイク:田中マリ子
衣裳:篠塚奈美
待機:塩見泰久
助監督:吉田亮
制作担当:中村哲也
出演:菅田将暉、木下美咲、篠原友希子、光石研、田中裕子、岸部一徳、宍倉暁子、淵上泰史、福山莉子、原田健汰、古賀光輝、三枝優希、小川丈瑠、小森悠矢、鈴木将一朗、横川知宏

© 田中慎弥/集英社・2013『共喰い』製作委員会

日本/2013年/102分/カラー/5.1ch/シネスコ
配給:ビターズ・エンド

『共喰い』
オフィシャルサイト
http://www.tomogui-movie.jp/
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