OIT:かなり時間を掛けて準備をされたと思いますが、なぜこのプロジェクトに惹かれたのでしょうか?
マーク・ギル:2019年に準備を始めましたから、それほど長い時間を掛けたというわけではないです。コロナ禍の時期がありますから、それを除けば3年間くらいです、結構早かったと言っても良いくらい。私のバックグラウンドに音楽があったということは重要だと思います。私は、常にクリエイティブな世界で生き抜いていくことに魅了されていました。はじめから何でもやってやろうと思っていたのです。クリエイティブ上の苦労は一才厭わないという気持ちです。今にして思えば、『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』と『レイブンズ』は、どちらもとてもクレイジーな状況の中から出てきた、それぞれ別の葛藤を抱えたふたりの若者がどのような犠牲を払って自分たちの人生を切り拓こうとしたかという物語を、映画作家として探究したことになります。そこで、クレイジーな欲望を持った人間をどのように認識するか、自らの欲望をどのように探究し、そこにはどのような葛藤があって、その葛藤との闘いの末に導かれるものは何なのかといった問いについて、ある種のオーソリティを手にしたように思うのです。もしあなたがニューヨークに行ったとしたら、どれほどの困難が待ち受けているか、どんな犠牲を払うことになるのか、あなたの家族や友達はそこにはいない、ニューヨークは人を怖じけさせるような場所ですから。例えば、そういったテーマをどのように描いていくか、といったことですね。
『レイブンズ』について、なぜそれほど没頭していったのかという問いに答えるのだとすれば、私はこの映画の物語に惚れ込んでしまったのです。私自身がとても素晴らしいと思う日本のひとりの芸術家、深瀬昌久の物語が世界で発見されることがないのだとしたら、それはとても悲劇的で残念なことです。そもそも深瀬の作品が凄く好きだったから、この物語を作るに至ったわけですが、『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』は、とてもパーソナルな作品でした。モリッシーとは、同じストリートで育ったということもあるので、彼の影響でギターを買って音楽を始めるに至ったという経緯もありました。自分が映画作家として追い求めているものは何なのかという、パーソナルなステートメントを観客に向けてちゃんと提示しなければいけないと思ったわけです。私は『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』でそれを成し遂げたことで、観客から信頼を得ることが出来たと思っています。だからこそ、『レイブンズ』を作る上で自分が妥協をしないということが重要でした。素晴らしいチームに囲まれていたことを光栄に思っていますし、とても恵まれた環境で映画作りをすることが出来たと思っています。