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映画は、1992年の東京から始まる。写真家の深瀬昌久(浅野忠信)は、かつて、ニューヨーク現代美術館(MOMA)の「New Japanese Photography展」(1974)で森山大道らと共に華々しく紹介され、一躍脚光を浴びた伝説的人物だが、今や、昼はアパートの自室に閉じこもり、夜は行きつけのバーで一人酒を飲む、意気消沈した日々を過ごしている。この日は首吊り自殺をしている自分の姿をフィルムに収めるべく準備を整えたが、愛猫のサスケに邪魔をされて、自撮り自殺フォトを取り損ねたところだった。深瀬の記憶が、1951年の北海道へと飛んでいく。深瀬の父、助造(古舘寛治)は、酒を飲み暴力を振るい、自分の考えを子供に押し付けるような父親だ。深瀬の頭の中では、「男、四十にして功を成さねば、死を以って汚名を削ぐべし」という助造の言葉が木霊している。深瀬はもう41歳になっていた。
北海道で高校を卒業した深瀬は、大学の合格証を父親に見せるが、「写真館の運営にそんなものは必要ない」と一喝され、合格証を破り捨てられる。深瀬は、「写真はフランスでもアメリカでも芸術として認められている」と抗弁するが、戦争帰りの父は「あいつらの話など二度とするな。俺の友人は皆、戦争で死んだんだ」と激昂し、深瀬を部屋に閉じ込め去っていく。暗い部屋に閉じ込められた深瀬のもとへ、巨大な鴉(からす)/ツクヨミがやってきて深瀬に話しかけ、深瀬を父親に抗って、“自らが望む未来”へと誘う。それ以来、このツクヨミが、深瀬の心に棲みついていく。
映画は、1992年の東京、歌舞伎町を歩く深瀬を捉える、撮影監督フェルナンド・ルイズによる素晴らしいトラッキングショットへと連なっていく。移動撮影が行き着いた末にあるバー「南海」の急な階段を上っていくと、そこにはバーのママ、ナミを演じる高岡早紀が実に自然な佇まいで煙草を吸っていて、深瀬を迎え入れる。深瀬は「俺は絶対にこの階段から落ちて死ぬ。そうしたら、これで俺の写真を撮ってくれ」と言って、カメラをナミに渡す。何も言わずに視線を返す、高岡早紀の表情が素晴らしい。浅野忠信、高岡早紀、そして、後に登場する深瀬の後輩カメラマンを演じる池松壮亮ら、俳優陣が一様に自然体で、心地の良い温度感の画面に収まっている。
時代は1963年へ飛び、程良い温度感で満たされていたスクリーンを突き破って、瀧内久美演じる洋子が登場し、画面を俄かに活気づける。打ち捨てられた工場の廃屋で、言葉少なにシャッターを押し続ける深瀬に対して洋子は、「純文学と能が芸術の極みだと思う」、「“能楽師”になりたかったけど、私にはおちんちんが付いてないからなれなかった」と挑発的な言葉をぶつけて深瀬を刺激する。深瀬も「とても美しい、君は他の子たちとは全然違っている」と心から洋子を称賛する。ここで描かれるのは、単なる写真家と被写体の関係性を超え、芸術に魅せられた、男と女の官能的な出会いの場面であり、その主導権を握っているのは、深瀬ではなく洋子である。
映画は、深瀬にとって、写真とは、芸術とは何だったのかということを、ツクヨミというスピリチュアルな存在、生涯に重い影響を与えた父親、そして何より、最愛の妻洋子との日々に焦点を充てて描くことで、戦後日本社会が経験した屈折の中で生まれた稀有な芸術家の人生を詩的フィクションとして見事に浮かび上がらせている。 映画『レイブンズ』は、伝説的写真家深瀬昌久の波瀾万丈の人生を、実話とフィクションを織り交ぜて描いた、正真正銘の日本映画にして、アートフィルムの傑作である。ここに、来日したマーク・ギル監督のインタヴューをお届けする。
1. 記憶と時間を扱っているという意味で大事なのは、 |
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![]() OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):本題に入る前に一つだけ質問させてください。監督は前作『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』(2017)でザ・スミス以前のモリッシーを描いていますが、バンドのMonacoとはどのように関わっていたのですか?
マーク・ギル:17歳の時、バンドに入っていたんです、That Uncertain Feelingという名前でした。ワーナー・ブラザースと契約をしていて、日本でもアルバムがリリースされたと思います。その時の担当者がMonacoを担当することになった。Monacoは、ピーター・フック(元ニュー・オーダー)とデヴィッド・ポッツのプロジェクトでしたが、ライブで演るときにメンバーが必要になって、私がギタープレイヤーとして参加することになったんです。だから、ライブの時だけ参加した。ベースもプレイしましたけど、フックは伝説のベースプレイヤーだから、彼の目の前で演るのはちょっと怖かったですね(笑)。その後、別のバンドに入って、今度はアイランド・レコードと契約した。でも映画を作りたかったので、そこを去ったんですけど、その時に一緒だったシンガーが最近になってニューヨークのレーベルと契約をして曲を出すことになったんです。そのMVに浅野(忠信)さんが出てくれて、ダスティン・ホフマンの最新作にそれが起用されました。そんな経緯があって、自分の意思でというよりは、独自の命を持って動き始めたという感じです。 OIT:そのバンドは何という名前ですか?
マーク・ギル:Our Final Inventionという名前です。日本語のカヴァーもやっています。ニュー・オーダーとか、デェペッシュ・モードとか、ザ・スミスとかが好きならハマると思いますよ。 OIT:それは完全にど真ん中(笑)です。さて、そろそろ本題に入らせて頂きます。『レイブンズ』を拝見して、とても驚かされました。アートフィルムではあるけれども、物語がとてもしっかりしているんですね。まず、主人公の伝説的写真家深瀬昌久を演じる浅野忠信がいて、深瀬を芸術家として宿命づける“レイブン”(ツクヨミ)の存在、妻の洋子、深瀬の父親がいる。こうした登場人物と、時間が前後する物語の構成は綿密なリサーチの末に考えたものなのでしょうか?最初に脚本がどのように作られていったのかをお話ください。
マーク・ギル:確かに沢山のリサーチをしました。深瀬に関しては、沢山のテクストが書かれていて、翻訳もされています。深瀬の家族とも、洋子さんとも話をしました。石内都(いしうち・みやこ/写真家)さんや深瀬の代表作『鴉(からす)』の出版をした大田通貴(おおた・みちたか)氏からも話を聞きました。映画をどう構成するかに当たっては、ある程度リニアにまとめた、ちゃんとした軌道というものがあって、その上でプロットが構成されています。自分は脚本家であり監督でもあるという立場で、それらを把握して作っているわけですけれども、この映画は、“写真”についての映画であり、“時間”についての映画であり、“記憶”についての映画であって、とりわけ記憶と時間を扱っているという意味で大切なのは、色々なところに話が飛んでしまうということでした。私は、これが“最後の映画”になるという心積もりで作りました。結果的に、多くの皆さんが気に入ってくださる作品に仕上がったようですが、難解な物語になり得るというリスクを引き受けた上で、自分の我儘から、このような構成になっています。
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『レイブンズ』 原題:RAVENS 3月28日よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー 監督・脚本::マーク・ギル 製作:VESTAPOL/ARK ENTERTAINMENT/ MINDED FACTORY/ KATSIZE FILMS/THE Y HOUSE FIILMS 製作協力:TOWNHOUSE MEDIA FILMWORKS/TEAMO PRODUCTIONS HQ 撮影:フェルナンド・ルイス 音楽:テオフィル・ムッソーニ ポール・レイ 出演:浅野忠信、瀧内公美、古館寛治、池松壮亮、高岡早紀 2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/カラー/2.35:1/5.1ch 配給:アークエンタテインメント © Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films 『レイブンズ』公式サイト https://www.ravens-movie.com |
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