OUTSIDE IN TOKYO
SAITO HISASHI & KASE HITOMI INTERVIEW

斎藤久志監督&脚本家加瀬仁美『草の響き』インタヴュー

2. 佐藤さんの友人でもある福間健二さん監修の『佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた
 作家』を読んで、やっと脚本を書き始めることができました(加瀬仁美)

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OIT:原作とは設定を変えていますね。
斎藤久志:原作の舞台は東京の八王子です。田舎から東京に出て来て精神に失調をきたす一人暮らしの男の話です。それをそのまま函館に置き換えるのは無理があると思いました。まずそれをどうするか。それと「彼」という人称を使ってはいますが、原作は一人称でおかしくなっていく「彼」が見た世界を描いているものでした。小説はこれで充分伝わるものなのですが、映画でこのままやると下手すると主人公がおかしいのか、彼を取り巻く世界がおかしいのか、という話にしかならないと思ったのと、単なる病気の話ではなく、誰にでもありうる話にしないとお客さんの間口が狭くなると思いました。そこで主人公を見る第三者を置こう、という話ぐらいは加瀬として、とりあえずプロット書いてもらいました。上がったプロットはほぼ今の形の設定になっていましたね。
加瀬仁美:舞台を東京から函館に移す、ということが一番のネックでした。どうしたら良いかと悩みながら、佐藤さんの他の小説や、佐藤さんの友人でもある福間健二さん監修の『佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家』を読んでいて、佐藤さんご自身が自律神経失調症と診断されて安定剤を飲んでいたことや運動療法として一日10キロ走っていたこと、家族と一緒に函館に帰っていた時期があることを知りました。これをヒントに、東京で疲弊して故郷である函館に戻った男、という設定にしたことでやっと書き始めることができました。
OIT:佐藤泰志さんの実人生が脚本に入り込んでいる。
加瀬仁美:原作はかなり私小説に近いものだと分かったので、佐藤さんの年譜から着想を得て、膨らませてはいます。
OIT:今お二人にはお子さんがいらっしゃるんですけど、この劇中でも妊娠するという話があって、脚本を書かれている時に似たような状況がたまたまあったということですか?
加瀬仁美:たまたまというよりは…どうしても自分に引き寄せて書いている、というか、引き寄せないと書けないので、そうしたんだと思います。最初のプロットを書いたのが2020年の2月で、その時点ではまだ自分の妊娠は分かっていなかったのですが、原作には出てこない妻を登場させて妊娠・出産まで書いていました。いつも、今よりちょっと先の未来を描くのが好きなんです。そこに希望を見出したいからなのかもしれません。その後、初稿を上げる前に自分の妊娠が判明してつわりと戦いながら本直しをして、決定稿で出産のシーンは切りましたが、撮影中に子どもが生まれました。
斎藤久志:出産予定日はクランクアップの日あたりだったんですけど、初産だからちょっと遅れて帰って来てから産まれるぐらいだろうと思っていたのですが、撮影の半ばぐらいには産まれてしまいました。だからしばらく対面出来ないのが辛かったですね。アップして帰ってもコロナ問題があったので、一応家には入れてもらえたんですが、PCR検査の結果が分かるまで子供に触れなかった。これがまた辛い(笑)。
加瀬仁美:確かクランクアップも撮りこぼしやら何やらあって数日延びたんです。それで帰ってきた日がもう出生届の提出期限ギリギリで、まだ名前が決まってなかったので2人で夜通し名前を考えて、翌朝出生届を(夫に)出しに行ってもらいました。
斎藤久志:そうでした。「名前の候補考えておいて」と言われて最終日は実景撮りだけだったので、考えていたのですが、なかなか思いつかなくて、やっぱり顔を見ないとなと(笑)。それで徹夜で話し合って決めました。
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