OUTSIDE IN TOKYO
SAITO HISASHI & KASE HITOMI INTERVIEW

斎藤久志監督&脚本家加瀬仁美『草の響き』インタヴュー

4. 鈴木さん(プロデューサー)からメロドラマで、と言われたので、なるほど、
 じゃあ成瀬巳喜男だ、と思って面接室のシーンを書き直しました(加瀬仁美)

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OIT:そこが映画の面白いところなんですけどね。もう出来上がった映画を観てしまうと、函館であるのがもの凄く自然にしか見えなくて、あのロケーションも素晴らしいですよね。
斎藤久志:そうですね。一度初稿が出来上がった2020年の6月にこちら側のプロデューサーの鈴木(ゆたか)と函館に行きました。加瀬はつわりが酷くて行けなかったのですが。シナリオの具体的な場所を探すということもありましたが、脚本がイメージした函館と実際の函館がどう差があるのか、それを肌で感じる目的もありました。その中で分かったのが、佐藤さんが感じて表現していたかつての函館と今の函館の差ですね。2019年1月に閉店した函館の駅前にあった棒二森屋(ビルはまだ残っていました)というデパートは函館の象徴だったようで、それが無くなってしまった函館の町の変化というのはなんとなく感じましたね。例えば『一滴のあこがれ』に、今は町を流れる川が汚くなっているが、あの川にもかつては魚が泳いでいたと言う話を先生に聞くというエピソードが出てくるんですが、初稿ではそれからイメージを膨らませて川の上流まで彰と弘斗が歩いて行くという展開を作っていたんです。ところが今の函館を流れる川はどれもきれいなんですね。『一滴のあこがれ』が雑誌掲載されたのが1989年。佐藤さんが、「海炭市」と架空の名前にした町のイメージをその時の函館としたかは分かりませんが、おそらくそれは高度経済成長の名残りなんだと思います。函館の町はコンパクトに出来ていて、空港から町までものすごく近く、海と山がある。実際に彰たちのように川を上ってみたんですが、そんなに時間がかからずにダムに行き着くんですよ。その感じとか面白かったんですけど、こちらが思っていることとちょっと違うかな、とそのエピソードはやめました。あとは和雄と純子夫婦の収入はどれぐらいで、一軒家を借りるとしたらどの辺りの場所なのかを見つけて、彼らの生活圏を作る事でした。ところが初稿の純子の職場は競輪場だったのですが、コロナで競輪が開催されていない。場所としては貸していただけたのですが、こちらでエキストラを揃えレースそのものを作らないといけない。低予算でそのことをやるリスクを考えて、ロープウェイで働いていることにしました。その中で一番大きかったのは人工島だよね。
加瀬仁美:元々は河川敷みたいな所でたむろしてる彰たちと、そこでランニングする和雄が出会うイメージで書いていたんですけど。
斎藤久志:それを「緑の島」という海に迫り出した人工島に変えました。ひとつはナイターが多いのでライティングの問題ですね。ベースに灯りがない場所だと全部ライティングしないといけない。それが緑の島だと元々の街灯がある。緑の島は夜閉門してライトも間引いて消すのですが、函館のフィルムコミッションの全面バックアップで閉門後も撮影をできるようにしてくれて、街灯も間引かないでくれるといういたれりつくせりだったので決めました。あと、プール。函館には屋外プールがない。市民プールは屋内プールで、それも正式な大会が開かれるぐらいの立派な五十メートルプール。場所としては面白かったのですが芝居を変えないと成立しない。それらを東京に戻って加瀬に話して、現地で撮った写真と動画を見てもらって脚本を直しの作業に入ってもらいました。
加瀬仁美:実際に見ていないので写真や動画で見ても地図を見ても距離感とかがいまいち掴めなくて、ここはどれぐらいの広さでこことここはどれぐらい離れているのかとか監督に詳しく聞きながら頭の中で自分なりの脚本上の世界のイメージを作っていって、なんとかかんとか直していくという作業でした。原作の、屋外にある市民プールで突然雨が降り出して周りがみんな逃げて行って、二人だけ取り残された主人公と研二が初めて出会うというシーンが良かったので、それが使えなかったのは一番の痛手だったな。あそこの直しは苦労しました。
斎藤久志:直しの過程の中で鈴木ゆたかに言われ続けたのはお客の間口を広げることでした。「それでは『鬼滅の刃』(2020)の客には分からない」と言うのが鈴木の基準でした(笑)。鈴木とは撮影の石井勲さんとも出会った第二回PFFのスカラシップ作品『はいかぶり姫物語』なんですが、1986年制作なんで35年も経っている訳です。その後『サンデイドライブ』(00)『いたいふたり』(02)『なにもこわいことはない』(13)と節目節目に一緒にやってきました。鈴木はその間に中島哲也さんとずっとやってきて、『夏時間の大人たち』(97)『Beautiful Sunday』(98)と当たらなかった映画から『下妻物語』(04)を経て『告白』(14)の大ヒットを生み出す経験をしたから分かることもあったりするなとは思っていました。具体的に鈴木が提案したのは、当初和雄が大量の睡眠薬を飲むシーンは存在しませんでした。朝、純子が起きた時に薬の空の残骸と横たわっている和雄を見て気づく展開でした。鈴木はその和雄の顔は見せた方がいい、と。あとこの夫婦のメロドラマを後半においた方がいいと言ったので、それらの事を加瀬に伝えて考えてもらいました。
加瀬仁美:鈴木さんからメロドラマで、と言われたので、なるほど、じゃあ成瀬巳喜男だ、と思って面接室のシーンを書き直しました。元はもっと何てことない会話だったのですが、純子が和雄のことを初めて好きだと思った瞬間の記憶を話してからあの核心的な問いかけをする流れに変えました。

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