『リオ40度』

上原輝樹

ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の長編処女作品。夜のリオの海岸線の空撮シーンから始まる本作のオープニングタイトル自体は、50年代のカルメン・ミランダなどが出演したハリウッドの植民地映画的ゴージャスさすら醸し出しているが、映画本編は、当時のリオの激しい貧富の格差をドキュメンタリー的に捉え、いずれシネマ・ノーヴォの発火点になる作品として、以降のブラジル映画を永遠に変えてしまう"恐るべき子供たち"の誕生とも言うべき不穏な空気に満ちている。しかし当時は、こんなものは"映画"ではなく"ニュース映像"に過ぎないであるとか、現実のリオはこんなに酷いところではないといった誹謗中傷に晒され、公開にも苦労をしたことが語り継がれている。

まず本作は、リオの50年代の希少なドキュメント、そのものである。立体的な地形で形成されるリオの外観は、海岸から、街を見渡すキリスト像がそびえるコルコバードの丘、そして山の中腹にあるスラム街<ファヴェーラ>までの全てが"縦の構図"に収まっている。サンパウロ出身のネルソン監督は、「サンパウロの貧困は横に広がっていたが、リオの貧困は縦の構図に収まっていることに驚きを憶えた」と語り、これを本作で表現したいと考えた。キャメラは、その複雑で魅惑的な地形を形成する実際のストリートに出て行き、コパカバーナビーチやリオの市街を行き交う人々や、現在のそれと比べると素朴で牧歌的とも見えるファヴェーラの街並、そして、実際のサンバ・スクールが旗をたなびかせながら踊り競うカーニヴァルの模様を見事に捉えている。

物語は、ファヴェーラに暮らすピーナッツ売りの少年を追って展開していく。少年が行く先々で、知り合いに会ったり、トカゲを追いかけたり、1日の稼ぎを脅し取られたり、警察に追われたりするのとパラレルに、別の登場人物の物語が同時進行していく。ネルソン監督は、この幾つもパラレルに進行する物語の登場人物と少年を同じ空間に居合わせることで、複数の物語をリオの地形を有効利用した群像劇として無理なく構築している。このストーリーテリングについては、ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」を映画でやろうとしたと監督自らが語っているが、20年後に登場するロバート・アルトマンの群像劇を予見していたかのような先見性を感じさせる。

映画は、驚異的に美しいエンディングシーンと共に終わりを告げる。キャメラが、サンバの鳴り響くカーニヴァル会場から視線を徐々に上げて行くと、そこには、ファヴェーラに住む病身の母親が窓から身を乗り出し少年の無事を祈る姿が捉えられる。視線は更に上昇し、夜のリオの山々と繁華街の明かりが灯るリオの美しい海岸線の街が映し出されて行く。リオの貧困を"縦の構図"で描ききった驚異的に美しくも悲しいエンディングに、1950年代のリオが永遠に記憶されている。



『乾いた人生』

上原輝樹
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ネオ・レアリズモの濃厚な影響。ブニュエルの『忘れられた人々』(50)、フォードの『怒りの葡萄』(40)、溝口の『山椒大夫』(54)といった名作映画を連想させる、クラシック映画の風格を備える名作。過酷な自然環境の中での生活を余儀なくされる農夫一家の姿をドキュメンタリータッチで描く。動物、大地、植物、太陽といった森羅万象を人間以上の存在として真っ当なスケール感に位置づけるパースペクティブの中、生命感に溢れ、力強く地に足をつけて歩む一家の姿を我々の隣人のような親密さで描き、有史以来変わらぬ人間の"生存への闘い"を浮かび上がらせる。家族と行動を共にする犬、バレリアの名演(?)を引き出す、監督の卓越した動物演出にも舌を巻く。









『リオ40度』(55)、『乾いた人生』(63)レビュー

『オグンのお守り』(74)レビュー

『奇蹟の家』(77)レビュー

『第三の岸辺』(94)レビュー


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『リオ40度』
原題:Rio, 40 Graus

監督・脚本:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
撮影:シロ・クーリ、ルイ=アンリ・ギトン、エリオ・シルヴァ
助監督:ジョセ・ヴァラダン
編集:ラヴァエル・ジュスト・ヴァルヴェルジ
音楽:ラダメス・ナターリ
出演:グラウセ・ローシャ、ロベルト・バタリン、アナ・ベアトリス、アーリンダ・セラフィン、クラウディア・モレーノ、アントニオ・ノヴァイス、ジェセ・ヴァラダン、アル・ギィウ、サディー・カプラル

1956年/100分/モノクロ

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『乾いた人生』
原題:Vidas Secas

監督・脚本:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
原作:クラシリアーノ・ラモス(初版:1938年)
撮影:ジョセ・ローザ、ルイス・カルロス・バレット
編集:ラファエル・ジュスト・ヴァルヴェルジ
音楽:レオナルド・アレンカル
出演:アッチラ・イオリオ、マリア・リベイロ、オルランド・マセード、ジョフレ・ソアレス

1963年/105分/モノクロ
製作:エルベルト・リッシャー、ダニーロ・トゥレス、ルイス・カルロス・バレット

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