『オグンのお守り』

上原輝樹

洗練された入れ子構造のストーリーテリングに驚かされる。コーエン兄弟の優に20年は先を行っている映画。入れ子構造の中で物語は自由自在に展開する。父親をチンピラに殺された青年ガブリエル(監督の実子が演じている)が、母親の呪術によって"オグン"という闘神に守られ不死身の身体を手に入れる。その青年の冒険譚が盲目の吟遊詩人が語る劇中劇になっているというのが基本的な構造。この冒険譚が、ネルソン監督一流の、人間だけではなく、その土地や自然、動物らを同等のキャラクターとして扱うトロピカリズモな視線で描かれていく奇想天外な傑作活劇。

ギャングの親分を演じるネルソン監督組の名優ジョフレ・ソアレスが、祈祷師の前で、今までの悪行を懺悔、「悪行の数々は、かつて自分の目前で妻と子を惨殺された衝撃がきっかけだった。だが、今の私はすっかり心を入れ替え、奇麗な人間に生まれ変わりたい」と真摯に訴える姿に、私はすっかり心を動かされ涙すら浮かべそうになったのだが、、、すぐにそれはただの演技だったことが明らかにされる。セレソン(ブラジルサッカー代表)がファウルをとる時の卓越した技術をも想起させる、恐るべき名演技!

本作でも"その時、その場所"をドキュメントする監督の手腕は冴え渡っている。70年代のリオ、ストリップバーの赤いネオンの闇で流れるミック・ジャガーのドス黒い声は確かに悪魔が宿っているように聞こえる。アニエス・ヴァルダの『カンフーマスター!』が80年代パリを魅力的にドキュメントしたように、リオの街に出たキャメラは、70年代ブラジルの都市の風俗を爆発的に魅力的に捉えきっている。そこでは、後年のカエターノの傑作アルバム「ノイチス・ド・ノルチ」(00)※のテーマともなっている"北東部"が未開の土地として蔑まれ、『リオ40度』でも描かれたレイシズムがファルス(笑劇)として演じられる。ファヴェーラの不穏さは、『リオ40度』の時よりも、メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』の時代が近いことを予言している。もちろん、『リオ40度』や本作で採用されているストーリーテリング、リアリズム、躍動するリズムといった映画の脈動が『シティ・オブ・ゴッド』の根源的なインスピレーションとなっていることは何よりも明らかだ。

ギャングの親分に反抗するガブリエル一味が、山中で子供たちを集めて武器を配るシークエンスで、山腹から子供たちがわさわさと湧くように降りて来るシーンは、エリア・カザンの『革命児サパタ』(52)(マーロン・ブランド主演)を想起させる。また、ギャングの親分と不死身のガブリエルに二股をかける親分の妻は、一見男性に依存する存在のように見えて、その実、いずれにしろ"暴君"でしかない2人の男性に愛想を尽かし、腹の中では、彼らの両方から自由になるべく算段を立てている。70年代に世界を席巻したフェミニズム運動の影響が自然に現れたキャラクター造形なのかもしれない。

劇中劇では好き放題やっているネルソン監督だが、映画全体としては、実に上手く辻褄を合わせた物語になっていて、ストーリーテラーとしての天性の才能を感じさせる。ロン・ハワードの『ダヴィンチ・コード』やスピルバーグの『ミュンヘン』といったハリウッド大作映画が、それなりに映画を観る時間は退屈せずに見せてしまうけれども、ストーリーテリングの方法が根本的に間違っているために、映画としては全く理不尽な作品に終わっていると言わざるをえないのとは格段の違いだ。全くのフィクションのはずが、そうではない可能性もあるかのような誤解を与えたまま始まって終わる『ダ・ヴィンチ・コード』も、凄惨な事実を描いたドキュメンタリ映画をベースにしながらも、あまりにも無神経にスタイリッシュな活劇に仕上がった『ミュンヘン』の場合も、作品のプロダクションは申し分なく素晴らしいのが、最初のボタンを掛け違えたまま、そのプロダクションは、世界一強力な映画製作マシーンとして起動され、あとは一気にそのまま突っ走って作品を完成させてしまう。マシーンで製作された映画ばかり目にしている人たちには感じることができない重大な欠陥は、ついにそのまま疑問視されることもなく、製品としてパッケージされる。確かに、ヒットメーカーとしては、偉大な映画製作者であると言うべきハリウッドのビックネーム2人も、ネルソン監督の天性のストーリーテラーとしての才能の前には、遥か遠くに霞んで見える。




『リオ40度』(55)、『乾いた人生』(63)レビュー

『オグンのお守り』(74)レビュー

『奇蹟の家』(77)レビュー

『第三の岸辺』(94)レビュー


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『オグンのお守り』
原題:O Amuleto de Ogum

監督:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
脚本:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス、フランシスコ・サントス
さsつ英:エリオ・シルヴァ、ジョゼ・カヴァルカンチ、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
美術:ルイス・カルロス・ラセルダ
編集:セベリーノ・ダダ、パウロ・ペッソア
音楽:ジャルドゥ・マカレ
出演:ジョフレ・ソアレス、アネシー・ローシャ、ネイ・サンターナ、マリア・リベイロ、エマヌエル・カバルカンチ、ジャルドゥ・マカレ、エルレイ・ジョゼ

1975年/112分/カラー
製作:レジーナ・フィルム、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス、エンブラ・フィルム

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