『奇蹟の家』

上原輝樹

ブラジル人作家の中では、世界で最も多くの読者を持つといわれるジョルジュ・アマード原作小説の映画化。バイーアの州都サルヴァドールを舞台に、バイーアの生んだ偉大な人類学者ペドロ・アルカンジョの生涯を描くことで、カンドンブレやサンバといった大衆文化を攻撃する白人エリート社会の人種差別の歴史が紐解かれる。アフロブラジリアンの宗教・文化に根ざした儀式や踊り、音楽がドキュメンタリタッチで描かれるが、その呪術的側面は、禍々しい演出で描写される。ネルソン監督作品の中でも、とりわけ社会性、歴史性、政治性が高い作品のひとつに違いなく、その批判の矛先は、ブラジルにおけるインテリたちの偏見に満ちたアカデミズムに向けられている。

本作でも、映画のストーリーテリングにおける実験は継続的に行われている。原作小説も同様の構造をもっているのだが、ペドロ・アルカンジョの生涯を"映画"にするという現在時制の中で、その作られつつある"映画"が、現在の時制とパラレルに展開していくスタイルの説話構造が緻密に構築されており、主人公ペドロ・アルカンジョのピカレスクロマン的エピソードの多彩さと相俟って、観るものを決して飽きさせない。

劇中劇の主人公ペドロ・アルカンジョは、自らの出自であるムラート(混血)のブラジルにおける正当性を守るためには、闘うことも辞さない行動派の文化人類学者である。唯物論者であると同時に、カンドンブレの神を崇める信仰心の篤い人物であり、白人と黒人を、科学と宗教を混交するのが人種差別を絶滅させる唯一の手段であると主張する。その人物造形は、"キリスト教者であると同時にマルクス主義者であることに何ら矛盾はない"と語る日本の作家佐藤優の存在を想起させ、あらゆる種類の"混交"が、世界を豊かにするのではないか?という考えの信憑性を観るものに説得力を持って迫ってくる。こうした混血思想は、同じくムラートを自任するカエターノ・ベローソらのトロピカリズモとも共鳴し、文化的豊潤をこの地のみならず、世界中に伝播している。

映画は、こうした文化的、歴史的、政治的論争をペドロ・アルカンジョを中心にインテリや作家たちが白熱して議論を交わしているかと思いきや、その次の瞬間には、皆が立ち上がってサンバを踊り出すという、何ともカーニヴァル的としか形容しようのない事態に陥って行く。「ブラジルを欠いた"世界"ほどつまらない場所はない」と語ったソンタグの至言が、脳裏に鮮明に甦ってくる。




『リオ40度』(55)、『乾いた人生』(63)レビュー

『オグンのお守り』(74)レビュー

『奇蹟の家』(77)レビュー

『第三の岸辺』(94)レビュー


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『奇蹟の家』
原題:Tenda dos Milagres

監督:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
脚本:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス、ジョルジ・アマード
原作:ジョルジ・アマード
撮影:ヘリオ・シルヴァ
美術監督:チズカ・ヤマサキ
編集:ライムンド・イガノ、セヴェリーノ・ダダ
音楽:ジャルジ・マカーレ、ジルベルト・ジル
出演:ウーゴ・カルヴァナ、ソニア・ディアス、アネシー・ローシャ、ローレンス・R・ウイルソン、セヴェリーノ・ダダ、ジャルジ・マカーレ、ジュアレス・パライーゾ、ニルド・パレンチ、ウイルソン・ジョルジ・メーロ、ジェラルド・フレイリ、ワシントン・フェルナンデス、エマヌエル・カバルカンチ、ニルダ・スペンセル

1977年/148分/カラー
製作:レジーナ・フィルム、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス

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