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2. 実人生の試練を通じて生じた身体感覚の変容を作品に昇華した映画『まさゆめ』 |
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『まさゆめ』© WHITE LEOTARDS
OIT:それでは、それぞれの作品についてうかがいたいと思います。まず、吉開さんの『まさゆめ』ですが、ご自身を作品の中に全面的に投じた、とてもパーソナルな映画だと感じました。お母様のことや、ご自身が体調を崩された経験など、非常に私的な出来事に踏み込んでいます。お母様を弔うための映画でもあったのかなという印象も受けました。まずは、この作品をどのような構成で組み立てていったのか、教えていただけますか。
吉開菜央:大まかな構成は、これまでの作品と同じように、まず紙芝居のようなかたちで組み立てました。作品は主に三つの要素で構成しています。一つは私自身が実際に体験した出来事、もう一つは禅寺での修行を通して感じたこと、三つ目が、(野口体操で知られる)野口三千三(みちぞう)さんの思想から着想を得た「肉袋」という身体観です。「肉袋」とは野口さんの思想をもとに、私自身が生み出した身体感覚を表す言葉になります。
この三つの要素を組み合わせる大まかな構成は、あらかじめ考えていました。ただ、実際に撮影を始めると予想外の出来事が次々と起こります。その都度、そうした偶然も作品に取り入れながら、構成も少しずつ変化させていきました。
この三つの要素を組み合わせる大まかな構成は、あらかじめ考えていました。ただ、実際に撮影を始めると予想外の出来事が次々と起こります。その都度、そうした偶然も作品に取り入れながら、構成も少しずつ変化させていきました。
OIT:映画冒頭で物凄く早いスピードで流れるスチル写真はそれ以前に撮っていたものですよね。
吉開菜央:あれは、私が体調を崩して、冬のあいだ3か月ほど躁状態になっていた時期に撮ったものです。躁状態のときはとにかく目に入るものすべてを記録したくてたまらなくなって、フィルムカメラで膨大な数の写真を撮っていました。その3か月間に撮影した写真をすべて並べてみたら、ああいうシーンになったんです。全部見せると7分くらいの長さになってしまいました。実際、あの場面のテンポこそが、そのときの自分の脳の働き方に近い感覚だったんです。本当にものすごいスピードで写真を撮り続けていたし、写真だけでなく、音声や映像も記録してました。そうした素材もところどころに織り交ぜながら、あのシーンを構成しています。
OIT:その後、禅寺に行くわけですね。沢田研二さんが主演されている映画『土を喰らう十二ヶ月』(2022)を見て、禅寺に興味を持たれたと。
吉開菜央:そうですね、あれを見て、こんな台所術とか生活術が学べるんだったら、ぜひ禅寺に行ってみたいと思って、ネットで検索して行きました。
『まさゆめ』© WHITE LEOTARDS
OIT:体調が悪くなったのは、お母様のことも関係していたのでしょうか?
吉開菜央:時系列としては少し違うんです。母は6年ほど前からずっと体調を崩していて、その後さらに容体が悪化していきました。私自身も母のことだけではなく、いろいろな出来事が重なって、次々と大変なことが起きてたんです。そうした状況をただマイナスなものとして受け止めてしまうと、自分自身がどんどんネガティブになってしまう。だから何とか別の捉え方ができないかと思って、無理やりでも前向きに受け止めようとしていたら、結果的にああいう躁状態になってしまって。なので、母が亡くなったことが原因で躁状態になった、というわけではないんですね。私がそういう状態になり、その後しばらくして落ち着いた頃に、母が亡くなったという感じでした。
OIT:そういうものが全部映画に入っているということがすごいのですが、吉開さんご自身は、映画を作ることで、解き放たれるようなプロセスというのはあったわけですか?
吉開菜央:最初から、この映画を作ることで解放されたり、回復したりすることは、あまり期待していませんでした。ただ、制作を進める中で、例えば「毎日朝ごはんを撮ろう」と思い立って写真を撮り始めると、それが習慣になって、毎朝きちんと食事を作るようになりました。結果的に、そのおかげでずいぶん健康になった気がします。
一方で、躁状態だった頃に撮影した写真を作品に使おうと思うと、現像して改めて見返さなければなりません。その作業で、当時の自分と向き合うことになって、「あの頃は、やっぱり普通の状態ではなかったんだな」と、自分が見ないようにしていたものを、きちんと直視することになったんですね。
母が亡くなったことについても、それまでは映像や声を聞くことができなかったんですけど、8ミリで撮った乳房山の映像がとてもきれいに仕上がったとき、「そういえば、母に授乳されているホームビデオがあったはずだ」と思い出したんです。そこで、その映像を作品に入れようと思い、家にあったVHSをすべてデータ化して見直しました。そうすると、どうしても母の声や姿と向き合わざるを得ませんでした。最初は見るたびに涙が止まりませんでした。でも、何度も見返していくうちに、もちろん泣いてしまうことはあっても、少しずつ冷静に受け止められるようになっていった。
一方で、躁状態だった頃に撮影した写真を作品に使おうと思うと、現像して改めて見返さなければなりません。その作業で、当時の自分と向き合うことになって、「あの頃は、やっぱり普通の状態ではなかったんだな」と、自分が見ないようにしていたものを、きちんと直視することになったんですね。
母が亡くなったことについても、それまでは映像や声を聞くことができなかったんですけど、8ミリで撮った乳房山の映像がとてもきれいに仕上がったとき、「そういえば、母に授乳されているホームビデオがあったはずだ」と思い出したんです。そこで、その映像を作品に入れようと思い、家にあったVHSをすべてデータ化して見直しました。そうすると、どうしても母の声や姿と向き合わざるを得ませんでした。最初は見るたびに涙が止まりませんでした。でも、何度も見返していくうちに、もちろん泣いてしまうことはあっても、少しずつ冷静に受け止められるようになっていった。
清原惟:今のお話を伺っていて改めて感じたのですが、自分の身に起きた出来事や、自分が感じていることを映画という形にしていくこと自体が、本当に大きな勇気のいることだと思いました。私には想像もできないくらいの勇気が必要だったのではないかと感じます。そうした経験を一つの映画として形にできたこと自体に深く胸を打たれました。
吉開菜央:ありがとうございます。
『まさゆめ』© WHITE LEOTARDS
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