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7. この物語を、どういう姿勢、スタンスで読むのかが、とても重要でした |
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『A Window of Memories』©Yui Kiyohara
『A Window of Memories』©Yui Kiyohara
OIT:撮影は一日で撮ったんですか?
清原惟:二日間かけて撮りました。一日だとちょっと時間足りないねってなって。一日の流れに見えるようには、時間帯を調節してはいます。
OIT:日がだんだん落ちてる感じが、ワン・ビンの『鳳鳴(フォンミン) 中国の記憶』(2007)のようでしたが。
清原惟:そうですね。『鳳鳴(フォンミン)』は見ました、撮影する前に。
OIT:ああ、そうですか。全部見たんですか?
清原惟:全部見ました。
OIT:三、四時間でしたかね。
清原惟:うん。割とまだ短い方ですよね。
OIT:ワン・ビンにしては。
吉開菜央:へー。
清原惟:ずっとインタビューを撮ってるだけ。カメラも動かないし。女性も動かない。
OIT:あれもおばあちゃんでした。
清原惟:そう、大変な目に遭ったおばあちゃんですね。当時、共産党の新聞で働いていて、反右派闘争や文化大革命で大変な目に遭ったという話をずっとしている映画ですね。

OIT:今回の作品では、本読みは結構したんですか?
清原惟:本読みはほとんどしてなくて、一応試しに読んでみる時間はあったんですけど、読み方を練習するというよりは、どういうスタンスでこれを読むかみたいなことをみんなで話し合う時間の方が長かったです。小山さんと坂藤さんが、どういう姿勢で読むのかが、とても重要だと言ってくれたんです。自分自身として読むのか、おばあちゃんの役を演じる風に読むのか、色々な選択肢があるなかで、最終的には自分自身として撮影現場に行って、自分自身として読むのがいいのではないかという話になりました。なので、現場に入っていくスタッフ全員の朝の風景とか、みんなでラジオ体操をしるところとか、そういう現場のドキュメントもちょっと撮ったりしていました。最終的にはそれは入れてないんですけど、どういうスタンスでいるのかっていうことを重要視していたから、そういう部分も撮ってみたっていう感じです。
OIT:その方法だから俳優の人生も映り込んだってことですよね。
清原惟:そうですね。
OIT:どちらかの方は、子供の頃、親が家にいなくて、いつも一人で過ごしていたという実人生の語りもありました。
清原惟:子供の頃に本当に怖かった時の話をしてほしいっていう風に伝えていて、それで語ってもらいました。休憩時間みたいな感じで演出してますが、ちゃんと撮影として撮ってました。
吉開菜央:自然な感じで。
『A Window of Memories』©Yui Kiyohara
『A Window of Memories』©Yui Kiyohara
OIT:さすが俳優さん。そういうのが全部「映画」になってるってことですね。それを構成の段階で狙いとして言えているところが、清原さんが「とても聡明である」(斎藤綾子)と言われる所以ですよね。たまたま映り込んだものではない。
清原惟:あのシーンを撮ろうと思ったのも、それまでに「この物語をどういう在り方で撮影するか」を、みんなでじっくり話し合う時間があったからこそ生まれたアイデアだったと思っています。もちろん、「撮ろう」と提案したのは私ですが、作品を作っていく中で、あのシーンは自然と必要になっていったのだと思います。ただおばあちゃんの話を朗読する誰かではなくて、坂藤加菜さんと小山薫子さんっていう人間なんだよっていうことをやっぱりどこかで見せたいっていう気持ちがありました。
OIT:だから、五十年ではなくて、「現代」まで入った八十年の話になるということですよね。
清原惟:今私たちが、現在生きていて、おばあちゃんの過去にあった出来事を、現在の立場から読んでいるっていうことも結構重要だったのかなっていう気はします。
OIT:その構成の時に考えて、やろうとしたことはできたっていう感じですか?
清原惟:そもそも構成自体が最初に作られたものというよりは、作っていく過程で段々形作られていったものなので、最初の想定っていうのはあまりなかったんです。とにかくおばあちゃんの話を聞いて、それが誰かに伝わる形で映画にできたらいいなっていうことしか、はじめはなかったので。ただ、色々な方が見てくださって感想を伝えてくださるなかで、その方の人生のことや、家族のこととかの話をしてくれる方がいるんですよね。そういうお話を伺っていると、単純に私のおばあちゃんの、その人にとっては知らない人の人生を聞いたっていうよりは、もう少し広がりを持って届けられているのかなと思ったりします。これから公開なので、どんな反応があるか楽しみです。
OIT:楽しみですね。お二人の映画ともに、やっぱり構成からその通りにできるかどうか、やってみないとわかんない部分っていうがもちろんあるというお話だったと思います。吉開さんの映画にしても、やっぱり編集が終わってスクリーンに映し出されるまではわからないですよね。ご自分で作ってるんで大体わかってるとは思うんですけど、スクリーンで一時間、二時間、そういう時間を過ごして、こうなってたのかみたいな、ご自分で作ったんだけど、こういうことだったのかという発見があったり、最初からすべてを想定できるものではないですね。
吉開菜央:そうですね。はい。もう全く。最初と最後がああいうふうにつながるとは思ってなかったです。
OIT:お二人とも素晴らしい作品で、公開が楽しみです。本日はありがとうございました。

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