OUTSIDE IN TOKYO ENGLISH
2015 BEST 10 FILMS

2016.1.25 update
小倉聖子(VALERIA/映画宣伝パブリシスト)

上原輝樹(OUTSIDE IN TOKYO)

新作映画ベスト10
小倉聖子
1.『フォックスキャッチャー』ベネット・ミラー
2.『岸辺の旅』黒沢清
3.『AMY(原題)』アシフ・カパディア
4.『ヨアンナ』アネタ・コパチ
 『わたしたちの呪縛』トマシュ・シリヴィンスキ
5.『ディーン、君がいた瞬間(とき)』アントン・コービン
6.『ブルックリンの恋人たち』ケイト・バーカー= フロイランド
7.『マイ・ファニー・レディ』ピーター・ボグダノヴィッチ
8.『はじまりのうた』ジョン・カーニー
9.『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』ジョン・ファヴロー
10.『龍三と七人の子分たち』北野武

2015年は、たくさんの映画を見られなかったことを反省している。4位の2作品は「2015ポーランド映画祭」で上映した短篇ドキュメンタリー作品で、驚くほど良かった。実は『イーダ』(13)と同じ2015年のアカデミー賞短篇ドキュメンタリー映画にこの2本はノミネートされていて、とても気になっていたので今回の映画祭のタイミングで観られたことが本当にラッキーだった。映画学校の卒業制作で作られたこの2本は鮮やかな色彩とテンポ、カメラワーク、すべてにおいて注目すべき映画だった。このベスト10以外では『薄氷の殺人』(14)、『ディオールと私』(14)、『イタリアは呼んでいる』(14)、『私の少女』(14)、『奇跡のひと マリーとマルグリット』(14)、『愛して飲んで歌って』(14)、『君が生きた証』(14)、『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(14)、『マイ・インターン』(15)がとても印象に残っている。

小倉聖子
映画宣伝パブリシスト。2015年は、「SHOAHショア」、「やさしい女 デジタル・リマスター版」、「イマジン」、「愛と哀しみのボレロ デジタル・リマスター版」、「ポーランド映画祭2015」、「暗殺の森 デジタル・リマスター版」などの宣伝を担当。現在、エミール・クストリッツァ監督特集上映「ウンザ!ウンザ!クストリッツァ!」(1月23日(土)-2月12日(金)までYEBISU GARDEN CINEMAにて開催)を宣伝中。

新作映画ベスト10
上原輝樹
1.『アンジェリカの微笑み』マノエル・ド・オリヴェイラ
2.『さらば、愛の言葉よ』ジャン=リュック・ゴダール
3.『黒衣の刺客』候孝賢
4.『アクトレス 女たちの舞台』オリヴィエ・アサイヤス
5.『サンローラン』ベルトラン・ボネロ
6.『レオパルディー』マリオ・マルトーネ
7.『フォックスキャッチャー』ベネット・ミラー
8.『約束の地』リサンドロ・アロンソ
9.『アメリカン・スナイパー』クリント・イーストウッド
10.『ハッピーアワー』濱口竜介

2015年は、映画を一から発明し直そうとしたかのようなジャン=リュック・ゴダールの瑞々しい3D映画『さらば、愛の言葉よ』(14)に始まり、吹きすさぶ嵐と荒ぶる大海原、それらが奏でる”悪霊の訪れ”の轟音、カメラの前で変容する”映画的自然”をスクリーンから受け止めることの衝撃を味あわせてくれたジャン・エプシュタインの『テンペスト』(47)、アメリカ人スナイパー、クリス・カイルの”重さ”と敵のスナイパー、ムスタファの”俊敏さ”のコントラストの中に警察国家としてのアメリカ合衆国の終焉を滲ませたクリント・イーストウッドの反戦映画『アメリカン・スナイパー』(14)、戦争で巨富を築いた財閥デュポン家の末裔が、金メダリストの人生を如何にして奪ったかを、緻密な人物描写を丹念に積み重ねる粘り強い演出で描き、何が人間の魂を殺すのかということについての普遍的な省察がなされた、アメリカン・ゴシックの古典ともいうべき、ベネット・ミラーの重厚な傑作『フォックスキャッチャー』(14)、”言語”(ここにはもちろん映画言語も含まれる)の限界を超越する勢いでロシア的絶望をスクリーンにぶちまけたアレクセイ・ゲルマンの『神々のたそがれ』(13)、ヨーロッパの教養主義を相対化しつつ、ネット空間を膨張するアメリカン・ポップ・カルチャーの河岸を駆け抜け、シルス・マリアの高みへと昇りつめ、”映画史”と対決するエニグマティックな魅力で見るものを虜にしたオリヴィエ・アサイヤスの『アクトレス 女たちの舞台』(14)、ポップカルチャーが最も先鋭的だった10年間の最もクールな文化史にして、”最後のデザイナー”イヴ・サンローランの創造の源泉にある闇に深く潜行した、ベルトラン・ボネロのヴェルヴェットな感触の傑作『サンローラン』(14)、黒沢映画史上初めて朗々と美しい”スコア”が鳴り響く、蒼井優と深津絵里の対決以外はすべてが美しい幻影に過ぎないのかもしれないという”不確かさ”のメロドラマ『岸辺の旅』(15)、20世紀も21世紀も、結局は『われわれは信じていた』(10)通りには行かなかった、そのことを、19世紀イタリアの詩人ジャンヌ・レオパルディの不自由な身体で自由を渇望する精神を通じて描いたマリオ・マルトーネの美しい傑作『レオパルディ』(14)、パトリシオ・グスマンの『真珠のボタン』(15)同様、”水”の物質的記憶がイマジネーションのコアをなす侵略者/非侵略者の多面的物語の中に、有限な時間を生きる人間存在の悲哀を、フォトジェニックな”映画的自然”と共に描いてみせたリサンドロ・アロンソの『約束の地』(14)、フィルメックスで過去の傑作群(『風櫃の少年』(83)、『悲情城市』(89)、『戯夢人生』(93))の上映も行われた候孝賢が、道士の教えてに逆らってでも人間的義侠心を貫く女刺客のスーパークールな佇まいを、現代とは明らかに異なる時間感覚、8世紀を模した幽玄で秘境的な空間に、光と風をたなびかせながらスクリーンに解き放った、人間の自由な思考そのもののような『黒衣の刺客』(15)、ついに享年106歳でその生涯を閉じ、『訪問、あるいは記憶、そして告白』(82)が山形国際ドキュメンタリー映画祭の開会を高らかに告げた、マノエル・ド・オリヴェイラのあまりにも”奇妙な”傑作『アンジェリカの微笑み』(10)、、、これほど”映画”が持つ可能性の途方もなさ、豊かさに圧倒された1年もなかったかもしれない。

若い才能では、コロンビアの俊英セサル・アウグスト・アセベドが、人間性が失われていく世界の中で、辺境の地に住む家族の肖像と人間の尊厳を、物質的な感触すら伴って立体的に描写してみせた『土と影』(15)、トランスジェンダー女子が過ごすクリスマス・イブの一夜のトラジコメディを、LAのストリートでキャスティングを行い全編iPhoneで撮影、世界の映画祭サーキットを湧かせたショーン・ベーカーの、21世紀ならではのスーパーリアリズム饒舌映画『タンジェリン』(15)、ブレッソンに始まった現代映画の試みをさらに拡張すべく大きな歩幅でゆっくりと歩み続ける濱口竜介が、5時間17分という上映時間の中で、”映画作家”を信頼することの喜びを再認識させてくれた『ハッピーアワー』(15)といった希有な作品群が即座に想い出される。

そして、年を明けて公開されたスティーブン・スピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』(15)を見ると、アメリカ合衆国が依って立つ”民主主義”の考察という点でフレデリック・ワイズマンの『ジャクソン・ハイツ』(15)が鮮烈に想起され、冷戦下のヨーロッパという点ではアルノー・デプレシャンの『あの頃、エッフェル塔の下で』(15)や、特集上映も組まれたR・W・ファスビンダーの作品群、ヨーロッパで撮られたサミュエル・フラーの遺作『ストリート・オブ・ノー・リターン』(89)、そして、野心的傑作『★』発売3日後に地球を去ってしまい、ドイツ政府から「ベルリンの壁の崩壊に貢献した」と異例の追悼を受けたデヴィッド・ボウイのことまで、止めどなく連想が働いていく。

オリヴェイラが語った、”映画にはリアリズムも幻想も喜劇もある。それはリュミエールやメリエスやマックス・ランデールにとってそうだったものと今日も変わっていない”という言葉を厳粛に受け止めた上で、それでも、永遠と思っていたデヴィッド・ボウイが、”すべては変わりゆく”と”何一つ変わりはしない”の間で変容を遂げて、ついには★になってしまった”奇妙な事態”を、21世紀を生きる私たちは一体どのように受け止めれば良いのか?ペドロ・コスタに倣って、ボードレールの「美しいものはいつも奇妙だ」(「neoneo 2015 winter 号掲載:ペドロ・コスタ インタヴュー」より)という言葉に引き寄せて言うならば、2016年の今年公開が予定されているコスタの『マネー・ホース』(15)はまさにそのような作品であるし、2月の公開がいよいよ近づいて来た『キャロル』(15)もまた然り。そもそも、デヴィッド・ボウイが世界に認められた最初の曲「スペイス・オディティ/Space Oddity」の"Oddity"とは、”奇妙な出来事”という意味だった。つまり、”奇妙な事態”ほど、”映画的”なものはないのだ。ルー・リードがロックンロールに救われたと歌ったように、デヴィッド・ボウイを愛したものは、今、映画的なものに触れること、つまり”映画”を見ることによって救われる、そんな”奇妙な事態”が現実と虚構の間に溶け合った2016年が始まってもう一ヶ月が経とうとしている。


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