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2008 BEST 10 FILMS

2009.2.16 update
イーデン・コーキル

江口研一

上原輝樹

日本公開新作映画ベスト10
イーデン・コーキル
  1. 『チェチェンへ アレクサンドラの旅』アレクサンドル・ソクーロフ
  2. 『マジックアワー』三谷幸喜
  3. 『ダークナイト』クリストファー・ノーラン
  4. 『トロピック・サンダー』ベン・スティラー
  5. 『チャーリー・ウイルソンズ・ウォー』マイク・ニコルス
  6. 『ヴァンテージ・ポイント』 ピート・トラヴィス
  7. 『アメリカン・ギャングスター』リドリー・スコット
  8. 『スルース』ケネス・ブラナー
  9. 『ジェシー・ジェームズの暗殺』アンドリュー・ドミニク
  10. 『ハンコック』ピーター・バーグ
2008年に公開された映画の多くは珠玉の域に達しているとは思えなかった。2008年アカデミー賞で話題をさらった作品も期待外れに終わった。『ノー・カントリー』は、『ファーゴ』との比較は避けられず、トミー・リー・ジョーンズ演じる警官に、『ファーゴ』のフランシス・マクドーマンドに匹敵する魅力を感じることはできなかった。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の音楽は確かに素晴らしかったが、それ以外は語るに及ばない。実業家と伝道師との対立の構図は映画の主題としては充分なものだが、脚本に説得力が足りず、テーマを充分に捉えきれていないし、血まみれのフィナーレはこじつけにしか見えなかった。

2008年に私が最も楽しんだ2本の映画、三谷幸喜の『マジックアワー』とベン・スティラーの『トロピック・サンダー』は、非常に類似している。どちらも「映画の中での芝居」と信じることで、危険な状況に巻き込まれる人々を描いているのだ。三谷の作品は、絶妙に構築された2時間の娯楽映画だ。余分なスキがなく、すべてのギャグとペーソスが見事に配置され物語を展開している。私見だが、三谷は、小津安二郎以来、日本における最高の知られざる秘密だと思っている。いつの日か、彼の素晴らしい仕事は、海外でも“発見” されることだろう。

私が選ぶ第一位、『チェチェンへ アレクサンドラの旅』は、今年観たどの映画とも違っていて、同じランキングに並べるのが不自然にすら思える。この作品と『マジックアワー』だけは、私の“もう一度観たい映画リスト”に入って来るだろう。『チェチェンへ アレクサンドラの旅』の詳細については、レヴューを参照してほしい。

トップ10リストの他の映画は、それぞれ楽しめる独自の要素や場面があったものだ。『ダークナイト』を観たのは飛行機の中だった。集中しづらい環境にもかかわらず、ジョーカーの存在感とゴッサム・シティにアルマゲドンを発生させることができる彼の無限の能力には、この上ない恐怖を覚えた。マイク・ニコルズの『チャーリー・ウイルソンズ・ウォー』は、よくあるスパイ/戦争ゲームを、政治家の視点から描いた点に新しさがあった。ピート・トラヴィスの『ヴァンテージ・ポイント』は、物語の展開が尋常ではない。1時間半のMTVを凝視しているような感覚なのだが、それが、1時間半にきちんと収まっていて、物語は、ひとつの暗殺とひとつの追跡シーンを巡って展開するという点が素晴らしかった。昨今では、多くのフィルムメーカーが、1つの映画に次から次へと別の追跡シーンを3つも4つも盛り込まなければならないと思い込んでいるようだ。ローラーコースターに乗りたければ、映画ではなく遊園地に行けばいいのだ。

ケネス・ブラナーの『スルース』は、今は亡きハロルド・ピンターによる脚本だと知れば当然高まる期待を裏切らない実にクレバーな映画だった。 “若い詐欺師”ジュード・ロウと“ベテラン詐欺師”マイケル・ケインが、上質の脚本を得て、丁々発止のやり取りを演じるさまは、観ているだけで嬉しくなった。この作品もまた1時間半に収まっているところが良い。

『ジェシー・ジェームズの暗殺』は、テレンス・マリックの傑作『シン・レッド・ライン』の雰囲気を捉えようとして捉えきれていないのだが、監督アンドリュー・ドミニクのその見事な試みゆえにリストに入れている。トウモロコシなり小麦なりの畑を掃いている手の映像に、ぱらぱらとつぶやかれる会話が繋ぎ合わせられ、奇妙に突き放したナレーションがかの名作を彷彿させる。しかし、ジェームズ(ブラッド・ピット)とフォード(ケイシー・アフレック)の確執は、3時間10分を持たせるほどには魅力的だったとは言い難い。

ピーター・バーグの『ハンコック』は、『アイアンマン』よりも良い出来だった。両作品ともスーパーヒーローものジャンルを再定義する試みとして歓迎すべきものであったし、二人の主演俳優も作品に魅力的なものにしていた。「ハンコック」役のウィル・スミスの方が、「アイアンマン」役のロバート・ダウニー・Jrよりも、多くの役割を担っており、酔っ払いも、ヒーローも、失恋した若者も、そして最も重要なことに、その変化の過程を巧みに演じ分けている。

日本公開新作映画ベスト10
江口研一
『ミルク』ガス・ヴァン・サント
サンフランシスコのゲイの活動家として貢献しながら同僚に暗殺された”サンフランシスコの市長”と呼ばれたハーヴェイ・ミルクを描いた物語。ガス・ヴァン・サントは長年彼の映画を撮ることを希望していたが、諸事情で頓挫。それが巡り巡って、再び彼の元に。まさに運命。日本では今年GWに公開予定。最近は実験的作品が続いていたが、ショーン・ペン主演で久々の大作系をやっても、やはり物語の語らせたらが巧い、と実感。
『コロッサル・ユース』ペドロ・コスタ
「ヴァンダの部屋」に続き、ポルトガルはリスボン郊外のフォンタイーニャス地区の移民たちにフォーカスを当てる。前回の定点での撮影法から、開発で慣れ親しんだ場所を追われて真新しい公団などに移った彼らのその後を追う。行き場を失った彼らのように、カメラは亡霊のように失われた街を漂流する主人公らと共に危うそうに漂う。ポルトガルの名匠、ペドロ・コスタの期待通りの傑作。
『イースタン・プロミス』デヴィッド・クローネンバーグ
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」でコラボレートした俳優ヴィゴ・モーテンセンと再び。イギリスのロシア・マフィアを演じるため、ロシア語のアクセントもマスター。本人は変わらないと話していたが、これまでのカルト的な狂気から離れ、クローネンバーグが到達した新たな地平を予感させる。
『ブレス』キム・ギドク
キム・ギドクはますます狂気に走っている。旦那の度重なる浮気に嫌気がさした主婦が、ニュースで一目見たチャン・チェン演じる囚人に恋をする。常軌を逸脱したその愛情表現に度肝を抜かれながらも、そこにユーモアという新たな世界を見いだしたようだ。
『ジュノ』ジェイソン・ライトマン
少女の妊娠という、ある意味、ありがちなテーマを、少女の独特の自立法を描く「サンキュー・フォー・スモーキング」のライトマンが監督。なかなか資金が集まらなかった処女作となるはずだった作品だが、それは女優を見つけた時点で成功したも同然だった。
『ある愛の風景』スザンネ・ビア
デンマークの名監督と言ってもいいスザンネ・ビアが、ベニチオ・デル・トロ主演でハリウッドで映画を撮るきっかけともなった作品と言っていい。運命の皮肉を、冷たく平たく描いてみせる鬼才だ。
『トウキョウソナタ』黒沢清
ホラーからドラマまで幅広い作品を行き来する監督が、日本の家族を描いたら。直感的に気付きながら、みんながうまく表現できずにいた日本の家族感を体現した作品だ。
『ミスター・ロンリー』ハーモニー・コリン
麻薬、飲酒、離婚に結びつく破滅的な行動など、紆余曲折を経て辿り着いたハーモニー・コリンの新作は、失う気持ちが理解できる人なら心を掴まずにいない、”痛い”傑作へと昇華させた。マイケル・ジャクソンとマリリン・モンローのそっくりさんがパリで出会い、そっくりさんが共同生活するコミューンに合流。別の物語として、飛行機から落下しても神様への信仰心から死なない修道女たちの奇跡の物語も同時進行。
『エレジー』イザベル・コイシェ
「死ぬまでにしたい10のこと」など、女性の心の襞を丁寧に描きながら、その文学的な物語展開の才能を活かし、アメリカ資本での映画作り挑戦した一作。主演はベン・キングスレーとペネロペ・クルス。若く魅力的な女子学生に夢中になりながら、最後の”愛”まで踏み込めない初老の大学教授の”純”な愛の物語。やはり一般的な展開も避けられないが、それでもこれまでの女性の心の中を映し出すものから、老いを意識する初老の男の心のうちを見事に表現した。
『ノー・カントリー』コーエン兄弟
新作「バーン・アフター・リーディング」が早くも大評判のコーエン兄弟の作品は、初期の「ファーゴ」を彷彿とさせながら、より広い観客層に語りかけることのできるサスペンス。無表情な殺し屋を突き詰めたハビエル・バルデムの怪演が光った。

日本公開新作映画ベスト10
上原輝樹
1.  『コロッサル・ユース』ペドロ・コスタ
ペドロ・コスタインタヴューで語った「神話を我々の手に取り戻せ!」という言葉の意味がこの映画を観るとよく理解できる。人間の心の安定、人々が暮らす上で最低限の人間らしさを保つには何が必要なのか、といった根源的な問い掛けが、ヴェンチューラの神話的な佇まいと彷徨、そして静謐なまなざしを通じて、我々観客に投げかけられる。前作『ヴァンダの部屋』で観ることができた、ストローブ=ユイレ直系の奇跡的な美しさに昇華した厳格なフレームワークは本作にもそのまま受け継がれてはいるものの、そこで得られたカタルシスは影を潜め、むしろ、「ヴァンダ」以降を実際に生きる出演者=居住者の宙づりにされた生活が浮き彫りにされている分、観客の戸惑いは前作を凌ぐものかもしれない。そんな戸惑いを感じながらも、ヴェンチューラの旅に魅入られる観客のひとりひとりを、コスタ監督は親密な態度で受け入れてくれる。
2.  『ノーカントリー』コーエン兄弟
コーマック・マッカーシーの素晴らしい原作に恵まれたとはいえ、映画『ノーカントリー』は、見事なストーリテリングでコーエン兄弟ならではのブラックユーモアを炸裂させている。西部劇的な物語設定とロケーションの美しさのみならず、前年のヴェンダースの『アメリカ、家族のいる風景』からの”アメリカ神話”性を引き継ぎつつ、ポール・ハギスの『告発のとき』ともトミー・リー・ジョーンズというキーパーソンを介して横繋がりな現代性を備え、アメリカの世紀が終わりつつあるという黙示録的な荘重さまでをも感じさせる。
3.  『ダージリン急行』ウェス・アンダーソン
ウェス・アンダーソンには、いつも驚かされる。今作では軽々とインドまで跳躍して21世紀的な傑作ファミリードラマを創り上げた。つい先日、アメリカでは、バラク・オバマが大統領に就任し、アメリカの21世紀が幕を明けた。その就任演説でわざわざ”ヒンズー教徒”への目配せをしてインドとの連携を呼びかけ、そこにはアメリカの新たな世界戦略が見え隠れしている、などという事がまことしやかに囁かれる昨今、ウェス・アンダーソンは、そうした流れを先読みしていたかのようなスマートさで時代の先端を走っている。
4.  『イースタン・プロミス』デヴィッド・クローネンバーグ
ウェス・アンダーソンのスマートさとは対照的な重厚さと並外れた緊張感で独自の世界を築き上げた。前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』、前々作『スパイダー』と、実り多い作品が続くクローネンバーグ監督だが、ロンドンのロシアンマフィアの世界を描いた本作は、得意のヴァイオレンスシーンの生々しさに加え、ストーリーテリングの熟練ぶりが目覚ましい。ヴィゴ・モーテンセンとのコラボレーションも最高のタイミングで実現し、素晴らしい傑作群を生み出すに至っている。
5.  『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ポール・トーマス・アンダーソン
P・T・アンダーソンの変貌振りに驚かされた。今までの作風からは、群像劇を得意とするロバート・アルトマン直系の演出家の印象が強かったが、本作では、キューブリック的ともいえる才気に満ちた映像とサウンドトラックによる、石油の世紀の一大叙事詩を撮り上げた。本作も『ノー・カントリー』同様、"アメリカ神話"の終焉を告げる一大エピックとして今の時代に作られた事がとても象徴的に思える。
6.  『チェチェンへ アレクサンドラの旅』アレクサンドル・ソクーロフ
レヴューを参照頂きたいが、本作が与える静かな衝撃は、年月を経て時間の流れと共に、増々そのインパクトを深めていくだろう。
7.  『エグザイル/絆』ジョニー・トー
香港の巨匠ジョニー・トーの痛快アクション・ドラマ。本作についてはレヴューを参照ください。
8.  『愛のうた、パリ』クリストフ・オノレ
「レズビアン&ゲイ映画祭」の熱気溢れる満員の会場で観たクリストフ・オノレの『愛のうた、パリ』はとても楽しい映画だった。フランスの2大陰気顔俳優、ルイ・ガレルとキアラ・マストロヤンニが共演し、個人的にお目当てのルディヴィーヌ・サニエは、映画前半であっけなく死んでしまうというストーリーにも関わらず、本作が孕む楽観性に大いに心を打たれた。この分野の先人、ジャック・デミ(『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』)を意識したに違いない、ミュージカル仕立ての演出が新鮮なだけでなく、その音楽自体も素晴らしい。本年度のロック系サントラとしては『アイム・ノット・ゼア』に並ぶ傑作だ。
9.  『はじらい』ジャン-クロード・ブリソー
ブニュエルの『皆殺しの天使』とほぼ同じ原題(Anges Exterminateurs, Les)を持つ『はじらい』は、前作『ひめごと』のオーディションを通して4人の女性からセクハラを訴えられ実際に多額の賠償金を支払ったブリソー監督の分身としか思えない映画監督が、”女性のエクスタシー”をテーマにポルノまがいの映画をつくり、映画に出演した女性の周囲の男達に復讐されるという実話めいたストーリーに、宇宙との交信というトンデモ系な伏線も張り巡らされた怪作なのだが、なぜかもう一度観たいと思わせるブニュエル的不思議な魅力に満ちた映画に仕上がっている。
10.  『ハプニング』マイケル・ナイト・シャマラン
『シックス・センス』で一躍脚光を浴びたシャマランは、以降立て続けにヒット作を連発、『サイン』『レディ・イン・ザ・ウォーター』そして本作『ハプニング』、と単なる娯楽映画の枠に収まりきらないトンデモ感満載のストーリーテリングで多くの観客の失笑を買いつつも、その一方、ヒッチコック的なスリラーの定石を踏まえた端正な絵作り、そして、天才的な映像センスと風変わりで独特なユーモアのセンスで一部の観客を魅了する。『ハプニング』は、ジョセフ・ロージーやローマン・ポランスキーといったユダヤ人の不条理な悪夢を映像化した流浪の作家たちをどこかしら想起させ、シャマラン監督が現代のハリウッドで活躍していること自体、祝福されるべき不条理に思える。



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