OUTSIDE IN TOKYO
MIYAKE SHO INTERVIEW

石橋静河の声の官能性に惹かれて映画を見始めるが、次第に得体の知れない疲労感、青春期モラトリアム特有の”やくたたず”の鬱屈が映画を支配していき、映画を見続けることへの抵抗が芽生えてくる。しかし、映画作家への信頼をつてに映画を見続けていると、映画は、見る者の心に生じた葛藤を超越する度量の大きさを見せはじめ、ついには見るものを圧倒してまう、それが、最初に『きみの鳥はうたえる』を見た時の印象だった。

そして、佐藤泰治の原作小説を読んでから、もう一度『きみの鳥はうたえる』を見てみる。映画は、原作で描かれた多くのことを省くことで、小説的現実(虚構)において、あり得たかもしれない、もうひとつの可能性、パラレルワールドを”輝き”とともに創り出していた。小説で描かれた”事件”を知っているからこそ、映画が描く、<僕>と静男、佐知子の時間、互いの関係性の変化、互いを見る視線、触れ合う肌、街路を歩く足取り、<僕>の声と喋り方、静男の表情、母親の存在、函館の街と明け方の空、倦怠と歓喜が入り乱れるライブハウス、佐知子のうた、あの三人の存在、そのものが生々しく立ち上り、限られた時間の中で眩しさを増していた。

敢えて言うが、この映画は原作小説を読むことで、すべてが有機的に機能しはじめ、十全に生き物として活動を始める映画なのだと思う。今や、この映画を流れる、すべての時間が愛おしく感じる。かつて、ゴダールは「映画とはメシア的なものである」と語ったが、三宅唱のこの映画もまた、まぎれなくメシア的である。映画による救済は、原作小説が辿り着いた決着とは同じではないかもしれないが、ふたつの作品を、同じ若者たちが時空を超えて生きているのだ。そこには、表現形式を超えた虚構同士の抽象的交歓と人間存在の生々しさが、同時に息づいている。

1. それぞれのジャンルの面白さを
 互いに引き出しあうようなものにしたいと考えていました

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):『きみの鳥はうたえる』を二回拝見しました。最初に観た時は、知り得ないディテールが当然あるわけですが、映画としては大変面白く、終盤一気に持ってかれるような感じがあった、さすが三宅唱監督だなと思って観ました。佐藤泰志さんの原作小説は今回初めて読みましたが、<僕>が喧嘩をして、叔母さんからの手紙が出てくるあたりから、ものすごく感情を持っていかれてしまって、すごくいい小説だと思いました。それから映画を再見すると、登場人物たちが、豊かなディテールとともにスクリーンから立体的に立ち上がって来て、あの3人が本当に生きているように見えてきた。この作品は、小説と映画の両方を体験することで、作品の味わいが豊かに広がる作品だと思ったんです。
三宅唱:小説と映画、両方を楽しんでいただけたのはとても嬉しいです。僕は小説も映画も好きなので、それぞれのジャンルの面白さを互いに引き出しあうようなものにしたいと考えていました。小説を元に脚本を書くことは今回初めてでしたけど、すごく刺激的な作業でした。

OIT:原作だと東京の国立が舞台なんですよね。固有名がものすごくいっぱい出てきますが、映画ではそういうものを全部省いています、固有名を出さずに、そもそも函館の映画館からの依頼で撮り始めているということで、場所も函館に置き換わっています。三宅さんが育ったのはどちらでしたか?
三宅唱:札幌です。

『きみの鳥はうたえる』

9月1日(土)より新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペースほかロードショー!以降全国順次公開

脚本・監督:三宅唱
原作:佐藤泰志(「きみの鳥はうたえる」河出書房新社/クレイン刊)
音楽:Hi'Spec
撮影:四宮秀俊
照明:秋山恵二郎
録音:川井崇満
美術:井上心平
企画・製作・プロデュース:菅原和博
プロデューサー:松井宏
出演:柄本佑、石橋静河、染谷将太、足立智充、山本亜依、柴田貴哉、水間ロン、OMSB、Hi'Spec、渡辺真起子、萩原聖人

© HAKODATE CINEMA IRIS

2018年/106分/2.35/カラー/5.1ch
配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス

『きみの鳥はうたえる』
オフィシャルサイト
http://kiminotori.com
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