OUTSIDE IN TOKYO
YOSHIGAI NAO INTERVIEW

吉開菜央『Shari』インタヴュー

5. 人間と熊が長い間築き上げてきた、
 人間と熊は違うよという暗黙の了解が崩れてきている

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OIT:今作もとても吉開さんらしい作品だと思いますが、今までの作品でも、例えば『梨君たまこと牙のゆくえ』(2018)では“牙”が出てきました。人間の中にある獣性みたいなものが、吉開作品の中の重要なモチーフの一つかなと思いますが、それが今回は妄想的に全面展開しています(笑)。
吉開菜央:そうですね、まさにそういうものがめちゃくちゃせめぎ合って暮らしてる土地だったから、更にその感覚が進んだんです。斜里に行って映画を撮り終わって感じることがあるんです。人間がゴミに寄ってくるカラスを追い払うと、 カラスが反撃してくることがあって、その時に、それってカラスの気持ちを考えて追い払ってないんじゃないみたいなことを言う人がいるんですよ。みんながみんなそういう考えじゃないけど、そういう感覚がわかる人って結構いるのかなって思ったりして。その話を聞いた時にふと、そもそも人間にも獣性があるっていうことはずっと思ってたけど、そもそもなんで人間は、お前犬みたいだなって言われたら腹を立てるようになったのかなって思って。何で犬を、犬だけじゃなくて獣達をあたりまえに下に見る慣用句がこんなにいっぱいあるのかなっていう感情が湧いてきたんです。あの土地に行ってから、そんなことを感じるようになりました。
OIT:そういう感覚の人は今は増えてるんじゃないかと思いますけど。SNSとかを見ていても動物だらけで。
吉開菜央:でもそれは危害を加えない、可愛い動物ばっかりじゃないですか。だから熊も、熊の被害を知らない地域の人達からしたら、“可愛い”ですよね。知床の人も言ってたけど、最近の人は、道路を走らせていて熊がいたら可愛いから車を止めて見ようとしちゃうって。でも、それってそれまでその土地の人が築き上げてきた関係性、人間と熊は違うんだよ、出会ったらいけない間柄なんだっていう両者の暗黙の了解みたいなものが崩れていく原因にもなってるという意見も聞きました。もちろんそれだけじゃなくて、観光客が落としていった食べ物の味を覚えて町に降りてきちゃう熊も増えたようです。動物をキャラ化して、可愛いから、私達一緒に生きてる!みたいな感じではないんですよね。斜里での生活を見てたら、熊を特別に愛する気持ちも、敬う気持ちも、可愛いと思う気持ちもやっぱりあるけれど、それだけじゃない、人と熊は絶対に違うものなんだ、同じ土地で両者が生きていくためにせめぎあってしまう、複雑な感情があるという話をいろいろ聞きました。
OIT:なるほど、自然との接点を失った人間が、様々なリアリティを失ってしまったということなのでしょうか。ところで、先程渡辺さんの話が出ましたけど、現場の演出は、吉開さんが“赤いやつ”の中に入っていた時は渡辺さんにお任せしたのかと思いますが、そうじゃない場面はどんな感じだったのでしょうか?
吉開菜央:子どもの集団の場面は、あの年代の子ども達をまとめあげる力が必要なので、私には絶対に無理だなと思って、相撲大会と雪合戦を楽しめるように大会を開いてくださいってお願いして、段取りは全部渡辺さんにお任せしました。でもそれ以外のシーンは、そんなに演出らしい演出はしてませんけど、一緒に見ながらやっていきましたね。
OIT:石川直樹さんは今回映画の撮影は初めてということなんですけど、素晴らしい撮影をされましたね。
吉開菜央:素晴らしかったですね。いつもの石川さんの感じで撮ってるという感覚はもちろんあったと思いますけど、やっぱり少し物語を語らなければならないので、脚本に沿って香盤組むっていうプロセスも楽しんで、こんな風に撮るんだね、なるほどねみたいな感じでやってくれてましたね。
OIT:フレーミングはお任せしたんですか?
吉開菜央:そこはもう全部お任せました。今回は予算的に潤沢ではなかったので機材はほんとに最小限のものでしたが、株式会社シグマに機材協力してもらえて、SIGMA fpっていう、めちゃくちゃ小さいカメラを使いました。レンズは石川さんがいつも50mmレンズしかフィルム撮影では使わないから、それに近いものでSIGMAの45mmのレンズ一本だけでほぼ撮っています。
OIT:カメラは一台ですか?
吉開菜央:そう。雪合戦とか相撲の時などは手持ちで二台ありましたけど、98%これだけですね。これだけでまず映画が出来たのは、石川さんの“眼”があったからなんですけど。
OIT:外のシーンでは照明とかは使ってないんでしょうけど、中もそこにある照明以外は使ってませんか?
吉開菜央:そうですね、改めて照明をたてるということは全然しなかったです。あるものでやる、夜暗すぎる時は乗ってきた車のライトを点けるくらい、そのぐらいの感じでした。

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